仕事たくさん
「あー、やっと終わった」
鍵と錠前の型枠の修正を終えて、ケランが大きく背伸びをした。
「何てチマチマした作業だよ、まったく」
憤まんやる方ない表情で、そのまま作業場に寝転がる。
フライを巻きながら、ムカが冷静な声で指摘する。
「次は、クメジャ組合長さんの山刀砥ぎですよ。怠けてないで仕事してくださいね」
「あー、ちくしょう。お前が、オーガよりも鬼に見えてきたよ」
ゴロゴロと床を転がりながら文句を垂れるケラン。
「全ては、私が夏のセーリングを、快適に過ごすことができるかどうかにかかっていますからね。一昨日までチソバルワ島で岩滑りしてきたのでしょう? もう思う残すことはないはずです」
あくまで冷静な声で、とんでもなく自己中心的なセリフを吐くムカである。チソバルワ島は人間世界でいうアイスランド島だ。
「へいへい。それと岩滑りじゃねえぞ、岩滑降だ」
のそのそとケランが起き上がって山刀を手に取り、ジト目で眺める。
「ついでに、なぜか連続で食事当番させられているしなあ」
そのまま山刀を10本、お手玉して遊び始めた。
「当然です。少しでも負債を減らそうという誠意を見せて下さい」
作業の手を休ませずに、ムカが冷静に言い放った。
「むー……しょうがないなあ」
お手玉していた10本の山刀を、次々にダーツのように壁に投げて突き刺していく。石の壁なのだが、簡単に突き刺さっている。その後、外の農場へ今日の野菜を収穫に出かけるケランだ。
それを見送って、ため息をつくムカ。
「本当に、仕事をする気が見られませんね。さて、教授に型枠ができたことを知らせますか」
首を振りながら杖も振って、空中にディスプレーを発生させた。
農場ではケランが収穫作業を指示していた。今日の献立に必要な野菜と果物のリストを、作業ゴーレムに食べさせて収穫を開始する。ケラン自身は収穫作業をしないようである。
大蟻が数匹、今日の害虫駆除の結果報告をしに出てきた。その報告を受けていると、森のほうから「ぎゃー」という悲鳴が。
「またかよ……」
ため息をついてケランが向かうと、早速哨戒中の大スズメバチが一匹、ブン! と、すっ飛んできた。カチカチ大顎を噛み鳴らして状況報告を始める。
それを聞いたケランが怪訝な表情になっていく。
「あ? 魔法使いだって?」
「どんな間抜けだ……まったく」等と毒づきながらケランが現場に向かう。そこではコカトリスが大威張りでコケコケ鳴いていた。
確かに魔法使いだ。見事に石化している。身なりも、ややくたびれてはいるが、浮浪者ではないのは明白だ。
「迷い込んだという訳ではなさそうだな」
観察の結果を導き出す。
「ご苦労だったな。靴とズボンは食べていいぞ」
(食べていいの?)とメッセージを送ってきたコカトリスに、GOサインを与えるケランである。
数分後、見事に下半身パンツだけにされた中年男の魔法使いを後に、満足げに森の中へ引き上げていくコカトリス。それらを見送って「さて」と、ケランが杖を取り出した。
「グラウがいなくて、残念だったね」
石化解除の術式を唱えてから、いきなり杖の先から火炎放射を始める。解除された石化ブレスの成分が、火炎放射の高熱で蒸発していく。やがて――
「うわああああっ」
意識が戻った魔法使いが、絶叫して火炎放射の中をのたうち回っていく。
「ああ……芋でも一緒に焼けば良かったなあ」
全く容赦なく、火炎放射を浴びせ続けるケラン。
「石化成分が完全に蒸発するまで我慢しろ、魔法使い」
にべもない。
さらに数分後。精根尽き果てて、ススだらけになり髪の毛チリチリにされた魔法使いが出来上がった。そんな彼をゴーレムに担がせて講堂に戻るケラン。野菜と果物を届けたばかりのゴーレムが、のっそりのっそりヤル気なさそうに調理場から出てきて、そのまま外へ出て行く。
焦げ臭くなり気絶してピクリとも動かない魔法使いを、色々な物が転がっている作業場の石畳の床の空いている適当な場所にケランが寝かせた。
ムカが聞く。
「何ですか、それは?」
「さあ。知らない。迷い込んだのではなさそうだったけどね」
杖を振って回復法術をかけるケラン。たちまち火傷やチリチリ頭が治っていく。
「水持って来てくれ、ムカ」
「はいはい」
バシャーと、バケツ一杯の水を顔に浴びせる。
「うわああっ」
正気に戻る魔法使い。ケランの姿を見る。
「わあああっ」
再度恐怖の叫び声を上げて、腰が抜けた体で床を這い回っている。
「心配するなよ、食べやしないよ。いらっしゃい。ツルペン講にようこそ」
ケランが笑いを噛み殺しながら挨拶する。
「済まなかったね。石化成分を体内から排除しないといけなかったのでね。燃やすのが手っ取り早いんだ。で、何の用だい?」
ここでようやく魔法使いが、下半身パンツだけ状態に気がついた。
「わあああっ」
壁に張りついてガタガタ震える。ケランがムッとした表情になった。
「おいおい、そういう趣味もないよ。コカトリスがあんたのズボンと靴を砕いて食べたんだよ」
さすがにムカは笑いをこらえきれないようだ。すっかり機嫌も良くなっている。
「紹介しますよ。私はムカ・アン・ティラムで彼はケラン・ブバス・クルアール。運が悪かったですね。もう1人のグラウ・プリ・ハリアーがここにいれば良かったのですが。グラウであれば水系精霊魔法での除去なので、ずぶ濡れになるだけで済んだんですよ」
ムカがメンバー紹介をし、お茶を淹れに調理場へ入っていく。ケランが文句を言う。
「おいおいムカ、お前の場合は電気分解だろ? それもかなりエグイぞ」
ようやく落ち着いた魔法使いが、自分の服装を杖を使って修復していく。ズボンとシャツが現れて、靴とバッグが発生し、最後にジャケットが生じていく。随分と食べられていた様子である。すぐにピシっと身を固めた堅実な印象の会社員の姿に戻った。
「私はワジブ・パクサと申します。第14魔法世界のスナン人材派遣会社で技能開発部長をしております。このたびはハラップ・ドゥルマ氏の斧を手配下さり、ありがとうございました。これは粗品ではありますが」
きれいに修復されたジャケットの内ポケットから、菓子詰めを取り出した。
結界処理されていたのだろう、あれだけ石にされて、焼かれて、水を浴びせられたにも関わらず、包装にはシワ1つついていない。
「お。これはどうも」
素直に受け取るケランだ。
出されたハーブ茸ティーをすすりながら、ワジブ部長が恐怖の体験を解説してもらおうと質問してくる。
「あの森ですが、対魔法結界を張っているのですか? コカトリスと出会った際に、全く私の魔法が使えなくなってしまいまして」
ケランが笑いながら説明を始める。
「ははは。あの森や農場もそうだけど、大地の精霊魔法をかなり強く発動させているんだよ。それで、あんたたちが使う魔法の有効範囲が干渉されて、極端に狭められているんだ。多分、杖の先から数センチくらいまでしか効果を出せないと思うよ」
ムカが冷静に突っ込みを入れてくる。
「それでも、もう少し頭を働かせれば、大地の精霊魔法をキャンセルするくらいの方法はとれたと思いますよ」
素直に謝るワジブ部長。いや、普通は逆だと思うのだが。
「うーん、そうか。お騒がせして申し訳ない」
「……で。石にされながらも、ここへお菓子を持ってくるために来たのかい?」
ケランが早速菓子をかじりながら、ワジブ部長に聞く。ムカも苦笑しながら菓子を口にしている。
「まあ、石にされるとは最初は思っていなかったでしょうが」
「ああ。そうでした」
ワジブ部長がゴソゴソとジャケットの外ポケットを探って、結界ビンを取り出す。解除すると中から20本ほどの手術用のメスが出てきた。何かの合金製である。
「弊社の登録人材に、ジャンブ・ネガラという、コボルト族チェデラー国出身の外科医がいます。彼はとある魔法世界にて研修医をしております。しかし、彼も魔法を使うことが苦手でして」
視線をメスに流す。
「この魔法加工されたメスを特注したのですが、どうも切れ味がいま一つのようなのです。どうでしょうか。砥いで下さいませんか?」
早速商談を持ちかけてきた。結構、たくましい性格のようだ。
メスを手に取るケラン。
「どれどれ。うーん……普通の砥ぎだね。寝刃を合わせていないから切れ味が落ちているんだと思うよ。そのコボルト外科医の魔法適性は、水系の精霊潜在魔法だね。それもありふれた属性と適性値だ」
指でメスの刃の腹を触って確かめる。
「特注品だけど、発動のための術式詠唱は必要なんだね」
「はい、その通りです」
ワジブ部長が驚いた表情で肯定している。
次にムカが訊ねる。菓子が気に入った様子で、さらにもう1枚手に持っている。
「彼は今、別の砥ぎ仕事が先に入っています。その後になりますが、それでも構いませんか? 納期は設定もできないのが、ここの流儀です。それでも構いませんか?」
同意するワジブ部長。
「その話もハラップ・ドゥルマ氏から聞いています。いつまでも待つことにしますよ。コボルトの彼も、研修が終了すれば国に戻る事になります。彼の国では医者不足の上に戦乱続きでして……私としても、できるだけ使いやすい道具を用意したいのですよ」
ムカが愛想よく笑った。
「いい心がけです。隣の無礼者とは大違いですね」




