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お客ラッシュ

「こんにちはー。ムカいるかい?」

 しわがれた太い声がして、作業場に1人の男が入ってきた。

 産まれた時から潮風にさらされて300年くらいたつとこうなる……ような顔をした、筋骨たくましく真っ黒に日焼けしたノームだ。肌が黒いので南方ドワーフのようにも見える。

 ムカが愛想よく答えた。

「やあ、ルルス。注文のフライは全部巻き終わったよ」


「相変わらず、ゴチャゴチャしてるなあ」

 ルルスが作業場をざっと見渡して、太い声で遠慮なく感想を口にする。


「私は整理整頓きちんとしていますが」

 ムカが断って、注文の釣り針を小箱に入れて差し出した。

「はい。これでどうですか? ルルス」


 ルルスが目を細めて、満足げにうなずく。

「うむ。申し分ないね。いつもムカの仕事は丁寧で信頼できるよ。初夏だからね。川を遡上するマスが、そろそろシーズンなんだよな」

 うきうきした様子でルルスが1つ1つのフライを手にとって確かめていく。それを見ながら、ムカがちょっと遠い目をした。

「シーズンだよねえ」

 キッと、そのまま返す刀よろしく、ケランを睨みつけて語気を強めた。

「シーズンなんだよねえっ」


 ルルスがニコニコしながらムカに訊ねる。顔は日に焼けて真っ黒なので、白い歯がまぶしい。

「ムカよ。夏の予定はどうなんだい? 北太平洋をセーリングする予定なんだが、どうだい? まあ、台風シーズンと重なるけどな」

「もちろんですよ。乗ります」

 ムカが即答した。

「彼が働いて稼いでくれる手筈ですから」


「おいおい」

 文句を垂れるケラン。教授も苦笑している。

「もう、確定のようだね」



 客がさらにもう1名入ってきた。

「やあ、元気そうだね」

 今度は見るからに森の住人の姿をしたノームである。

 筋肉質ではあるがスラリとした体つきで、半そで半ズボンのサンダル履き。背中には何度も補修を繰り返したリュックサックがあり、まるで体の一部のようになっている。

「初夏だねえ、ここは。いい気候だ」

 ご機嫌な顔で、森のノームが挨拶をした。そしていきなり、長さ60センチほどの年代物の山刀を10本、ドンと机の上に置いた。

「雨季が始まってね。草木が茂り始めたから、山刀を砥いで欲しいんだ」


 ムカが愛想よく受け答える。

「いいですよ、クメジャ組合長さん。遠路はるばるようこそ。チュクップ国では雨季になりましたか。大丈夫ですよ、ケランがきちんと仕上げてくれますから」

 速攻で引き請けた。ちなみに、チュクップ国は人間世界でいうと東南アジアに位置する。

「おいおい……」

 文句を垂れるケラン。



「ケラン氏は、どうも忙しいようであるな」

 やや陰湿な湿気を帯びた、合成されたような声がした。

 教授が振り向いて息を呑む。いつの間にか、作業場に年季の入った豪勢な法衣を頭から被ったリッチーが、ひっそりと立っていた。

 他のノームも、あまりの闇系の魔力に圧倒されたようだ。声も出せずに、凍りついたように動けなくなってしまった。


「あ、あああの。リッチー協会の方ですか? 私は……」

 やっとのことで教授が、しどろもどろになりながら聞く。するとリッチーが法衣の奥に見えるミイラ化した顔を向けて、真っ黒な穴になっている両目の奥を鈍く光らせた。

「左様。クンチ・トゥル・プラボ教授。最近、若い者の間で召喚契約ナイフの話題が上がっておる。我も見てみたが、なかなか工夫されたナイフに仕上がっておるので興味を持ったという次第だ。一介のノームがした仕事にしては、上々。我らの協会でも評価が高い」

 リッチーがケランに視線を移していく。

「こうして見るところ、ケラン氏は大地と炎系の精霊魔法が得意のようであるな。死者の世界の地方豪族100名を一撃で切り裂いたという話も聞いておる。我のような歳経た者でも契約できるような、召喚機能を備えたナイフができるかどうか聞きたかったのであるが……また来ることにしよう」

 少し癖のあるノーム標準語で話すリッチー。たたずまいと言動から、最高位であるアンデッドであるリッチーにふさわしい雰囲気が漂っている。


「あの、よ。リッチーさん」

 ケランがやっと口を開いた。

「あんたが所有宣言した鉱石を持って来てくれたら、多分、ナイフに鍛えることができると思うよ。でも、あんた程の強力な魔力を持っているなら、こんなことしなくても良さそうなものだけどなあ」

 リッチーの目の奥が鈍く光る。

「魔力が強力であると、制御するのも苦労がいるものだ。まだ我は修行中でな。制御できるまでには、あと1万年はかかろう。その間は、こうして外出するにも注意を払わねばならぬ」

 その光が弱まっていく。

「むろん、召喚されて我が外界へ赴くなど不可能だ。だが、もし、ナイフを通して我の魔力のごく一部を召喚主に与えることが可能であれば、外界と接触ができるようになる。退屈をかなり紛らわすことになるのではないかと、考えたまでだ」

 リッチーにも意外に苦労が多いようである。


「なるほどねえ……」

 同情するノームたち。

「1万年もこの先、遊びに行けないなんて大変だな」

 妙に同情するケランとムカ。

「分かったよ。どこまで期待に添えるかどうか言えないけど、考えてみるよ」

 ケランがまじめな顔でリッチーに答えた。ムカも愛想よく言う。

「そうですね。私たちも今は忙しいですが、折を見て相談に乗りますよ。また来て下さい」


 教授も、まるで論文製作で悩む学生の相談を引き受けるような感じだ。

「そうだね。私も協力できることがあればするよ」

 客たちも同情しきりで、相手が最高位のアンデッドであることを忘れ始めている様子である。


 そんな思わぬ反応に戸惑ったのか、リッチーの動きが少し揺れた。読心が楽にできるので、彼らが本心から同情していると分かってしまったせいだろうか。

「……うむ。では、また来よう。長居すると、この石造りの家を壊しかねないようであるし」

 さすがに抑えきれずに漏れ出た闇系魔力が、石組みに振動を与え始めているのに気がついたようである。リッチーの姿が、蒸発するようにスウウッと消えていった。


「ちくしょう。泣ける話だぜ」

 鼻をすすり上げるのは客人2名で、これに教授まで加わってしんみりしている。

 ムカとケランが杖を天井や壁に向けて振って、振動を抑えようと術をかけているが……さすがに、なかなか魔力の残り香が消えてくれないようだ。延々と地震のような揺れが続いている。

 講堂のいい加減な石組みがミシミシときしんだ音を立て続けて、埃や石のカケラをパラパラと舞い落としている。


「本当に、もうしばらく話し込んでいたら崩れていましたね」

 ムカがケランに話しかける。ケランも感心しきりである。

「だなあ。こんなに強いとはねえ」

 そこへ森からグラウが戻ってきた。

「教授、無事注入できた……んん? なんだ? 闇臭えぞ? どうしたんだ、みんな? おう、こんちは。ルルスにクメジャ、景気はどうだい?」


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