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川ネズミのヒャッハー

 雪ウサギたちの予想通り、隣のアサッデイ山脈の渓流は雪解けの激流になっていた。人間世界ではピレネー山脈に該当する。

 いつもよりも水深は数メートル増え、川幅も10メートルは大きく膨れ上がっている。土石流のような土砂混じりの激流が、拳大の石を空中に巻き上げている。川面は凶暴に節くれだって盛り上がっていて、そこらじゅうに水しぶきを噴き上げている。まるで爆発しているかのようだ。


 轟音がすさまじく、話をするにも大変な状態の中……メチャクチャな濁流に揉まれながらグラウとウルスのカヤックが川下りしてきた。

 泥水と空気が複雑に混じった空間で、巧みに息継ぎをしている。両手のパドルを職人技のように華麗に操って水をかき、抑え、引っ掛けて、怒涛の激流の中の暴れ龍のような本流ラインに乗っていく。

 興奮して雄叫びを上げているようだが……それも激流の轟音と水の壁に阻まれて、途切れ途切れにしか聞こえない。


 それどころか、カヤックすら波に飲まれて、吹っ飛ばされて、水の塊の中に突っ込んだりしている。おかげで彼らの姿を見失いかねない。

 カヤックには水系精霊魔法が発動している。その効果により、あちこちに発生している凶悪な破壊力を持った渦に巻き込まれずに巧みに回避している。


 しかし濁流は拳大の石や太い枝を大量に含んでいるので、それらが容赦なくカヤックの船体や操縦者自身にガンガンぶち当たる。

 それどころか精霊魔法を発動させているので、激流中の凶暴化した水の精霊と次々に衝突干渉している有様だ。衝突のたびに発生する鋭い魔法衝撃波が、船体内の荷物ですら切り刻んでいく。

 確かにこんな激烈な環境では、ドワーフの専務特製の服や靴ですらも瞬時にズタズタにされてしまうだろう。


 もちろん、防御障壁を展開すればそんな被害は受けないで済む。しかし彼らも雪ウサギ同様、川の激流と一体化することに無上の喜びを感じているようだ。そんな喜びを半減させるような防御障壁などは、緊急時以外やるつもりは毛頭ないらしい。


 そのため、目を保護するために競泳用のゴーグルをつけており、ヘルメットに、耳を保護するヘッドセットもつけている。

 手袋は耐久性を最優先させたこの上もなく無骨なものだが、それでもかなりズタズタにされて柔らかくなっている。さらに肘あてに肩あてを装備している。


 カヤックもこのような激流下り専用のスラローム型だ。小回りが最優先された形状をしていて、小さなフランスパンのような形をしている。荷物などを積める余裕はほとんどなく、船体には舵も何もついていない。

 あまりにも小回りが利きすぎるので、素人がこの手のカヤックに乗っても真っ直ぐに漕ぎ進めることは、まず不可能である。ちょっとバランスを崩せば、あっという間に転覆してしまう。

 激流下りを想定している船なので、進路とりや障害物回避のために意図的に転覆したりする必要があるからである。もちろん転覆しても、体の一ひねりで復元できる。


 そして、岩のような障害物に衝突することが当たり前なので、カヤックの先端部分はとりわけ強化されているのだが……結局、毛糸の服のようにささくれ立ってしまうのが常である。


(おーい、グラウ。この先に滝があるぞ。その前で休もう)

 ウルスが念話を仕掛けてきた。

(おう、了解)

 グラウが応答して、カヤックを本流から脇に外す。巨大な岸壁と岩ばかりの岸に所々できた、ヨドミに巧みに漕ぎ入れた。

 ただ、これもよく選ばないといけない。川の流れの向きによっては脱出できないトラップだったりすることがあるので、注意が必要である。


「ぶは」

 久しぶりに泥水混じりではない、まともな空気を吸って落ち着くグラウ。

 雪解け水なので相当に冷たいはずなのだが、精霊魔法のおかげなのだろうか全く凍えていない。キョロキョロと周りを見渡して、ウルスを探す。


 ウルスは対岸のヨドミにいた。このままでは互いの姿が激流の盛り上がりと、爆発するように飛散する水しぶきに阻まれて見えにくい。

 一旦両者ヨドミから出る。激流にカヤックの先頭を突っ込ませて、カヤックごと水面に逆立ちする。そのまま、次のヨドミまで逆立ちのまま移動して、念話と身振りで情報交換をし、行動計画を確認し始める。


(今日6つ目の滝だな。精霊の情報では落差が13メートルだそうだ。ちょうど昼頃だし、この滝を落ちたら飯にしようぜ)

 ウルスが念話でグラウに伝える。

(そうだな。腹も減り始めたしなあ。了解)

 グラウが返答する。


 そして、『コアへ落ちろ』という意味のハンドサインを交わして、同時に逆立ち状態から激流の荒れ狂う川面へ倒れこんだ。そのまま一直線に、滝に向かって漕ぎ出していく。

 急激に水深が浅くなり、流速が加速度的に速くなっていく。


 泥水の激流に紛れ込んでいる大きな石や木の枝が、吹っ飛ばされるように川底を転がっていく。そんな中を、グラウとウルスのカヤックが巧みなパドルさばきで激流に乗っていく。

 それら石や枝はガンガンとカヤックのボディやパドル、乗員に容赦なくぶち当たっている。防護装備をしていなければ、ケガをしているところだろう。防御障壁を張ればそれで済むのだが……


 前方がナイフできれいに切り取られたかのようになっていて、川が途切れているように見える。その向こうは泥水が霧になって舞い上がっているので何も見えない。

 水深がさらに浅くなって、激流のスピードがさらに上がっていく。その代わりに轟音が不意に遠ざかり、水面も滑らかになっていく。もう、滝の頭はすぐそこだ。


「ひゃああああっほほっおおおおおおおおおおっおおおおおお!!」

 水のうねりがもたらす底からの突き上げが消えて、唐突に無重力状態になった。

 水面が消えて、空中に浮かぶ。そして目の前の泥と水の霧の中に、2つのカヤックが飛び込んでいく。


 グラウとウルスが奇声を上げて絶叫した。カヤックから生えている自らの上体を、限界まで後ろにのけ反らせる。カヤックの内部で踏ん張っている両足と両膝とを思い切り広げて、がっちりと体をカヤックに固定する。

 おかげで、カヤックが木の葉のようにぶれてしまうのを完全に制御している。まるで巨大な魚のような無駄のない動きと姿で、見事な滝下りを果たす。

 次の瞬間、13メートル下の滝つぼの中に飛び込んでいった。


挿絵(By みてみん)


 水中は泥水が渦巻いて、岩や流木などがかき回されている。それを見事なパドルさばきと重心移動で回避していく。グルングルンと水中で回転する様は、まさしく魚のようである。それでも、岩だらけの川底によってカヤックの船体が容赦なくガリガリと削られていくが。防護装備や衣服も同様だ。


 そのまま十数メートルほど流されて、ようやく水面にカヤックが浮かび上がった。すぐさまパドルが回転して、グラウとウルスが水面上に顔を出す。

 そのまま力強くパドルを漕いで激流以上の速度を出し、姿勢を安定させる。まったく本人たちは、ケガをしていないのであるが……服やカヤックはさらにボロボロになってしまったようだ。



 そのまま主流から外れてヨドミに避難する2人。「ふう」と一息ついてニヤリと笑いあった。

「よし、飯にするか」

 しかし、滝つぼから盛大に巻き上がっている泥水の霧雨の下では、とても飯などは食べられない状態だ。さらに100メートルほど下って、再びヨドミに入り、そこで飯にすることになった。


 カヤック乗りは、例外なくスカートと呼ばれる伸縮性のペロンとした前掛けをしている。その前掛けを引っ張って、乗り込んだカヤックの開口部を塞いで気密性を確保し、転覆しても沈まない構造にしているのだ。

 そのスカートを二人ともペロンとはがして、背もたれの後ろに入れておいた弁当を取り出した。体よりも前に入れてしまうと、足の動きの妨げになるためである。


 取り出したのは、きっちりとラップフィルムで包まれた大きなサンドイッチだった。

 食パンを使ったタイプではなく、小さくて丸いフランスパンのようなパンを縦に2つに切って、ハムやチーズ、トマトなどをこれでもかと多く挟んだものである。船がひっくり返ったりするため、こうして型崩れしないようにしているのだろう。雪ウサギたちとは違い、量も多くて豪勢である。


 さらに生卵を割ってサンドイッチに落とし、追加のハムやチーズを乗せていく。最後に火の精霊を呼び出して、手の上でこんがりと焼き上げる。盛大に手が炎に包まれているのだが平気のようだ。

 水はいくらでもあるので、泥水を大きなカップですくい取る。水の精霊に命じて、泥などの不純物を分離ろ過してコップから排出させる。そうしてからハーブや砂糖、ミルクなどを背もたれの後ろから取り出してコップに突っ込んで、火の精霊にかける。


「では、精霊の恵みに感謝を捧げるか。グラウ」

 ウルスが柄にも無い神妙な顔でグラウに顔を向けた。グラウも同様な表情でうなずく。

「水の精霊は最高だぜ!」

 湯気を出して出来上がったコップを互いに打ちつけて、雄叫びを上げる川ネズミたちである。気持ちよく晴れ上がった青い空に、湯気と雄叫びが吸い込まれていった。


挿絵のピクセルサイズが大きいので、表示されない場合があります

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