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第2話 少女


「なに! なに! なに!」

雑踏の中で急に自分の顔を掴んできた春樹に、隆也は思わずたじろいだ。

けれどやはり春樹は冷静な顔つきで、ゆっくりと手を離すと、ひとつため息をついた。

その数秒で、隆也の頭の中を覗き見たのに違いない。


「春樹お前さあ、やめてくれる? 勝手に人の頭ン中覗いておいて、ため息つくの。すっごく、すっごく傷つくんですけど!」

隆也の訴えに、春樹は憂いた声で返した。

「ごめん隆也。違うんだ、そうじゃなくてさ。もしかして、この能力が薄くなってきたんじゃないかって思って」

「え?」

「でも違ったみたい。隆也の記憶も気持ちも、いつも通りクリアに入ってくる」

春樹は少し寂しげな、自嘲気味な目をして笑った。


「そりゃあ・・・残念だったな。でも、なんでそう思った?」

「あの女の子だよ。さっきあの子を抱き留めて手に触れたとき、何か・・・よく見えなかったんだ」

「記憶がか?」

「うん。確かに過去の記憶はあるんだけど、なにかしっくり来ない感じで。ワクワクした気持ちとか、不安とか、そんな感情は伝わるんだけど、何か、・・・今までの感覚と違うんだ」

「それであの子が気になったのか?」

「それもあるけど、正直に言うと、僕の力が無くなりかけてるんじゃないかって、期待が膨らんできてさ。もしかしたら、徐々に弱まっていて、そのうち解放されるんじゃないかって。でもそれって、確かめようがないだろ? 僕、隆也にしか触らないし」


相変わらずこの友人はそうやって日々を過ごしているのかと、隆也は今さらながら、その誠実さに胸が痛くなった。そして同時に、『隆也にしか』という言葉に、何とも強い使命感のようなものも感じた。


「そこへ、俺の登場って訳か」

「うん。でも隆也の感情や記憶は、いつも通りすごくクリアに見えた。・・・ごめん。せっかくのウサギにビックリしてあげられなくて」

「待て! 分かった。もうそれ以上言うな。充分だ」

まったくこの友人のこういうところは、優しいのか確信犯なのか、分からない。

隆也は何とも気恥ずかしくなって、スポンと着ぐるみの頭部をかぶり、再び完璧なウサギに戻った。


春樹は隆也のいいつけを守るべく、口を閉じた。

そしてその寂しげに見える琥珀の目で、先ほどの少女を再びボンヤリ見つめるのだ。

隆也はどうにも心が疼いた。

今なお春樹は自分の能力を忌み嫌い、たくさんの友人に囲まれながらも、他人との間に膜を張り、孤立しているのでは無いだろうか。


「なあ春樹、学園祭、案内してくれよ」

何とか気分を盛り立てようと、そう言いながら春樹の腕を引っ張った時だった。

水槽の金魚を見ていたその女の子が、クルリと隆也の方を向き、はじけるように笑った。

「ウサギさん!」

そしてまるで幼児のような声を出し、走り寄って隆也に飛びついてきたのだ。


「おおお!?」

驚いて顔を見合わせる隆也と春樹をよそに、少女は本当に嬉しそうにピョンピョン跳ねた。

それはまるで、この一瞬を全身全霊で楽しもうとしているようで、溢れるエネルギーと意気込みを感じさせた。

「ウサギさん、ユイと遊ぼうよ!」

そして今度は春樹の方を見て、同じように笑顔をこぼした。

「お兄ちゃんは、このウサギさんのお友達?」

春樹が、優しい声で「そうだよ」と返す。


少女の口調は見た目の年齢よりも幼く、少しばかり違和感があったものの、その笑顔はまるでこの日の太陽のように輝き、見ている者の笑顔を自然と引き出してしまう。

隆也は着ぐるみの中で、少女につられてニンマリした。


「手、つないでね。ユイね、あっちに行ってみたいの」

屋外イベントステージとは反対の大講堂のほうを見つめながら、少女は隆也ウサギと春樹に、小さな手を差し出してきた。

「はいはい、あっちね」

ポワポワのウサギの手で隆也は少女の手を握り、そして春樹を目で促す。

〈手を握ってやれよ〉と。

春樹はほんの少しの逡巡のあと、ゆっくり手を差し出して、その少女の手を握った。

一瞬、初めて味わうものを食べたような奇妙な表情をしたが、それだけだった。


「ユイね、パパにお小遣いもらったから、何かおやつ買うの。クレープがいいかな。ソフトクリームにしようかな。それでね、その後はお化け屋敷に行くんだ。きのうも、パパと行ったの」

このユイと名乗る少女は昨日の初日に、父親と一緒に来ていたのだな、と隆也は理解した。


少女は初対面のウサギと大学生に一瞬で心を許してしまったようで、2人の手を握ってグイグイ引っ張って歩く。

こんな調子では人さらいに遭うんじゃないか、と苦笑しながら隆也は春樹を見た。

春樹は隆也ウサギの方を向いて、さっきと同じく不思議そうに小さく首を横に振る。

やはりよく見えない、と言うことなのだろう。


あの高感度の春樹の能力からすれば不思議なことだが、それならそれで何の問題もないんじゃなかろうか。

いや、むしろ喜ばしいことだ。

今まで春樹を苦しめ続けたあの能力が、何らかの変化を起こし、消える方向に動いているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。


隆也は、少女の無邪気な提案に思わず笑顔をこぼしている春樹を見ながら、自分もニンマリ微笑んだ。



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