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終わりの1時間前

作者: 緒方 純
掲載日:2006/05/16

 キャスターの煙は、やがて雲と結合して、ニコチンとタールに侵された雨粒を降らすのではないだろうか?

 そんな仮説を証明したいわけではないが、僕は学生寮の屋上で、雲に向かって延々とキャスターの煙を吐き放っていた。しかし濁った雲の色は、高校生の頃の、禁煙指導の際に見せられた、喫煙者の肺を連想させ、僕の仮説も強ち的外れではないのではないか、と期待させる。


「そして世界中の動物たちは癌になって死んでしまいましたとさ。めでたし、めでたし。ってか?」


 いつの間にか信吾が居て、信吾曰くの、僕のご都合妄想を、いつものように嘲ていた。


 そういえば、初めて東京に遊びに行った時も、渋谷のハチ公の傍の、ぎゅうぎゅうに喫煙者が押し込まれた喫煙スペースを見て、


「これじゃあ、ご主人様が帰ってくる前に、ハチ公は癌で死んじまうな」


 と信吾はさっきの様に嘲ていた。僕はハチ公が死んで渋谷から消えたら、109もスクランブル交差点もギャル男もみんな消えてしまって、宇宙から東京都を眺めたら、渋谷区が在る場所だけ欠けてしまっているんじゃないか、と考えたが、これも信吾に言わせれば、ご都合妄想らしい。




 急に風が強まってきた。僕が雲にキャスターの煙を放とうとしても、煙が僕の口と鼻の穴から顔を出した瞬間に風が攫って行ってしまう。


「どうして煙だけ・・・」

「もうすぐ雨が降る。良い子ちゃんが雨に濡れて癌にならないように、風が雲の上まで連れてってくれるんだ。」


 信吾はまた嘲てみせた。


「俺だって今までずっと良い子ちゃんだっただろ?」


 問いかけてみたら、背後から岩崎洋子の声が聞こえた。


「ずっと良い子ちゃんだったから、不良になってみたかったんだよね?」


 僕の席の後ろだった岩崎は、僕の耳元で囁いた。僕が後ろを振り返って見た岩崎の表情は、あたしは何でも分かっていると言わんばかりの、彼女特有の嘲笑だった。

 高校受験を控えた中学3年生の3学期の2日目。僕は自宅を出た後、行方不明になった。そして夜になって公園でポツンと佇んでいたところを、先生方に発見され、保護されてしまった。

 しかし僕は岩崎の言うような、不良になりたかったわけではない。担任だった福原先生が、


「信吾はおかしくなった」


 と、僕が居ない時に、クラスのみんなに話していたそうで、それをクラスメイト経由で聞いた時は、只々悲しかったが、今にして思えば福原先生の仰るとおりで、というよりも僕は物心ついた時から変だった。たぶん、物心つかない時も変だったのだと思う。





 気づいたらキャスターを20本吸い尽くしていた。それでも箱の奥に1本隠れてやしないかと覗いてみたが、やはり吸い尽くしていた。


「タバコ買ってくる」

「早く戻って来いよ」


 僕がわざわざ数十段の階段を上って、また屋上にやってくると確信して嘲ている信吾が憎たらしかった。


「もう此処には来ないよ。優しすぎるんだ。此処も、おまえも」


 屋上から出ようとした時、背後で雨の打つ音がして、僕は少し憂鬱になった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文章が大人っぽいというか、子供っぽくなく落ち着いていて好感が持てました。少し癌についての回想が多くて変に場違いな感じがしましたが、文章的にも内容的にも個人的にはいいと思います。最後の終わりか…
[一言]  少しわかりづらいというのが率直な印象です。もう少し僕(信吾)が抱いている他人と少しずれている思いの部分を書いてもよかったのではないかと思います。そうすれば、僕と信吾の関係も活きてくるような…
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