95 思い
「イーシニアルが、筋が良いと褒めていた」
日が落ちてから帰宅したラァトと夕飯を食べている時、突然そう言われたのでキョトンとしてしまった。
いや、だって、師匠がまともにラァトと顔を合わせたのは、師匠が家を訪ねてきたあの日のみで、あとは時間帯が合わずずっと会ってないと思ってたのに。
「内門で会った」
今日師匠が帰る時に偶然ばったり会ったってことらしい。
「師匠の教え方がわかりやすいからね、丁寧だし根気よく教えてくれるし」
そして何より、よく褒めてくれるので!
私は褒められると伸びるのです。
それでも、師匠がラァトにもそう言っていてくれているのは嬉しくて、たくさん師匠の事をはなした。
「……楽しそうだ…な」
ポツリとこぼしたラァトの言葉に素直に頷くと、ラァトが一瞬固まって、それから鈍い動きで夕飯を食べる手を再開させる。
こういうちょっとした事も目について、カワイイなぁ、とか思うようになってしまったのはいい傾向なんだろうか?
うん、夫婦なんだしね、愛情があるのはいいことだよね。
拗ねてる旦那サマに胸キュン。
……なんて呑気に見守ってたら、どんどんラァトが暗くなって焦りました。
「マモリ、言っておきたい事がある」
焦っていたら、食事の手を止めたラァトが顔を上げた。
広くはないテーブルの上、手を伸ばし、スプーンを持っていない方の私の手をそっと取り上げた。
大きな手のひらの太くて長い無骨な指が壊れ物を扱うように私の手のひらを包む感触に……他人の体温を感じるそこから、緊張が私の体に浸透してくる。
ぎこちなく上げた視線がラァトの濃い緑色の瞳に囚われる。
「愛してる」
低い声が少し掠れてその言葉を紡ぐ。
「私は、マモリを誰にも渡すつもりはない」
鋭い視線と共に言われた言葉に少し首を傾げ、それから意図して口元を緩ませる。
「私の旦那様はラァトだけだよ」
左手を掴んでいるラァトの手を握り返す。
この大きな手が私を守ってくれるなら……。
貴方が本当に、私を愛してくれると言うなら。
愛というものが、無条件に私を許容するというものならば。
貴方に総てを晒してしまいたい。
貴方が私の欲する"愛"をくれるなら、私も貴方に"愛"をあげる。
ラァトは……私の総てを晒しても、変わらず愛してくれる…だろうか。
私が違う世界から来たこと、石を舐めて魔石を作ることを理解してくれるだろうか。
―――――理解して欲しい、ラァトに。
ドキン、ドキン、と心臓が跳ねる音がする。
頭が上手く回らないこんな状態は異常だと、警告音がなってる気がする。
その音を聞かなかった事にする。
腹を決める。
駄目だった時はその時だ、違う世界に迷い込んで、ここまで生きていたのが奇跡なんだ。
「マモリ?」
ラァトに賭けてみよう。
もし駄目でも、いいや、ラァトになら。
「―――ラァトにね、聞いて欲しい事が、あるの」
意を決して震える声で告げると………え、ちょ、なんでラァトの顔色の方が悪くなるの?