90 あに
あの日以降とても平和です、平和に引きこもり生活10日目です。
こっそり庭で拾った石を綺麗に洗ってからコツコツと虹色魔石を生産しつつ、家事に精を出し、一歩も家の敷地から外に出ないまま。
食料や日用品はラァトが休みの日にまとめ買いしてくれるし……外出なんてしなくたって、生きていけるってもんです。
そうして、暇にあかせて生産した魔石がかなりの量に。
自室にて、今日作った大小様々な虹色魔石をポケットからテーブルに出して、机の引き出しにしまってあるポーチを取り出して、小さな魔石を電池用ポケットに入れる。
とても燃費の悪いことが発覚したこのポーチは、小さな魔石だと半日程で消耗、大きな魔石でも2日で魔力切れになってしまうという最悪な燃費。
因みに冷蔵庫の魔石は大サイズの魔石で1年以上持つ事を考えれば、燃費の悪さがわかりやすいと思う。
そんな訳で、使うときだけ魔石をセットするようにしております。
起動したポーチに、今日の分の魔石をザラッと入れる。
庭の小石も丁度いい大きさがなくなってきて、小さいのが多くなってる。
昨日はちょっとした好奇心で、5センチ程の石にトライしてみましたが、大きくて舐め難い上に時間がかかって割りに合わない事が実証されました。
検索画面から一覧を表示させると。
虹色魔石の特大が1コ、大が22コ、中が42コ、小が102コ。
最近売ってないからなぁ…結構たまってる。
もうそろそろ売っとこうかな。
虹色魔石が私の存在価値だしね。
うん、自覚は大事……。
さて売るのは良いとして、実はこのポーチが実家に繋がっていて、そこから送ってもらってるんです…って言い訳が通じるものだろうか。
押しきれば大丈夫か?
い、行けるか?
何事も押しが肝心! 押しに弱い私が言うのもなんだけど……。
他にもっと上手い言い訳が無いか悩んでいると、玄関のドアをノックする音が響いた。
コーンコーンと響くノックの音に慌てて玄関へと走る。
勿論いきなり開けたりはしない、ドア越しにどちら様ですかと尋ねる。
「俺だよ、俺」
お、オレオレ詐欺?
いや、この世界には無いはずだ。
「ど、どちらの俺様でしょうか?」
”俺”に敬称を付けてはいけません。
「あー、ノースラァトのお兄ちゃんですー」
………ラァトのおにいちゃん、お兄ちゃん!?
笑い混じりの声が、身元を証明しようと続けている。
「イーシニアル・ロンダットと申しますー、怪しい者じゃありませんよーお嬢さーん。 あぁ余計怪しいか、う~んと、じゃぁノースラァトが実はアイメッパの酸味が苦手だとかー」
な! なんと! この国の基本調味料であるあの酸味、実はラァトも苦手だったの!?
その後、兄と名乗るイーシニアルからどんどん出てくる、小さな頃のラァトの恥ずかしい話。
ラァトが10歳頃までのお話を聞いてからドアを開けた。
ドアの前には、ラァトと同じ黒髪に濃い緑色の目を愉快そうに細めた、細身の美形お兄さんが立っていました。
体格とか全体の印象は全然違うが、顔のパーツにラァトとの共通項は見受けられる。
気になるのはその肩のあたりからぺったんこの右腕…中身のない袖がひらひらと揺れている。
「はじめまして、お嬢さん。 ノースラァトの兄のイーシニアル・ロンダットと申します、以後お見知りおきください」
人好きのする笑顔のせいか、ラァトより年下に見えるのですが…お兄さんですよね。
「こちらこそ、はじめまして。 マモリ・レイ・ロンダットと申します。 よろしくお願いいたします」
名乗った途端、お兄さんの目が真ん丸く見開き、口がポカンと開いた。
び、美形が壊れた!
「………嫁?」
ポツリとこぼされた言葉に、納得して頷く。
「はい。 不束者ではございますが、どうぞよろしく願いいたします」
嫁っぽくご挨拶してみた、旦那様のご家族なんだから心象を良くしておかないと!
精一杯おしとやかに挨拶した途端、お兄さんの崩壊していた顔がシャキンと元に戻った。
「これからは是非、”お兄ちゃん”と呼んでください」
爽やかな笑顔で請われたので、素直に従うことにした。
旦那様の家族とは仲良くしておくに越したことはない。