65 まぁまて、冷静になろう
あぁびっくりした!
腰に当たったサイズに驚いて逃げちゃったよ。
台所の椅子に座ってテーブルに突っ伏し、頭を冷たいテーブルにくっつけたまま、目の前に置いた左手を握ったり開いたりしてみる。
少しの痛みも無い。
そして、体を起こしてポケットからハンカチに包んだ砂を取り出す。
ただの砂に見えるけど、目が覚めた時これが私の左腕にこんもりと乗っていた。
状況的に言って、これは魔石の成れの果てだろう。
今までに数度見たラァトが魔法の補助につかった魔石も砕けて砂になっていたし。
それにしても、一体何個の魔石を使ったんだろう、1個や2個ではない量だ。
魔法は難しければ難しい程魔力の消費が大きくなるものらしい、魔力の消費が大きいってことは魔石もたくさん消費されるということだ。
私の腕を治すのに、大量の魔力を使った事は想像できる。
魔石だけでなく、ラァト本人もあんなに疲れ果てる程なんだから。
とにかくラァトが早く元気になるような、スタミナのある朝食にしようか。
それとも胃に優しいものにしておこうか。
ラァトにごめんなさいを言ったほうがいいのかな。
それとも怪我と相殺して、何食わぬ顔でスルーすべきなんだろうか。
迷いながらご飯を作り終え、部屋のドアをノックして少しだけ開けた隙間から顔を出す。
「ご飯できたけど、ベッドに持ってこようか?」
少しバツが悪かったけれど、なんでもない風でそう聞けば、ラァトも何でもない様子で下で食べると返してきた。
一緒に台所へ向かう、半歩後ろを歩く大きな存在感は、決して威圧的ではなくて私の歩調に合わせてくれる優しい存在だ。
いつか……彼に、本当のことを全部話すことができるのだろうか。
それとも、このまま墓の下まで、私は私の秘密を一人で背負っていかなくてはならないのだろうか。
ちらりと見上げれば、視線に気づいたラァトが、小さく口の端を緩めてその大きな手で私の頭を撫でてくれる。
この世界で一番私に近しい人。