32 ムッツリか。
何にせよ、自宅ができたことは嬉しい。
いつまでも宿屋暮らしは無理だな、と思ってたし、街の中に家を持とうとしたら身分証明が必要となるし、街の外に一人暮らしは怖いし。
こっちの世界で結婚することになるなんて考えてもいなかったけど、身元を得るのには手っ取り早い方法だったんだねぇ。
与えられた部屋の箪笥に、ラァトが(勝手に)宿屋から運んでくれていたわずかばかりの荷物を移してゆく。
着替えと歯を磨くもの等こまごましたもので、80センチ四方の箱に収まる量ですから、たいしたことは無いんですがね。
「終わったか」
背後から掛かった声に、反射的にビクッと身がすくんだ。
部屋に入るときはノックくらいするもんでしょうに。
いや、それよりも何よりも。
「いま、終わったところですけど。 一つ確認してもよろしいでしょうか?」
収納の終わった引き出しを押し込み、ゆっくりと振り向く。
「荷物を梱包したのは、貴方ですか?」
「……」
目を逸らしたな。
「私の下着、数枚足りないのですが、お心当たりは?」
「いや…あの……」
宿屋の女将との二択だったんですがね、こちらが犯人でしたか。