103 時間は少々戻りノースラァトの事情
秘密裏にマモリの護衛に付けていたヒルランドから、接触してきた男を捉えたとの連絡が入った。
男は内門に連行されそのまま尋問することになる。
第一報後すぐに内門に向かった。
本当ならばマモリの元へ駆けつけたいところだが、片付けておかねばならない問題を優先する。
マモリは夜にじっくりと慰める。
だが、内門には私が尋問すべき相手は居なかった。
「逃げられた、だと?」
思わず報告された言葉を繰り返す。
「は、はっ! 申し訳ありませんっ! 只今手を尽くし捜索しておりますっ!」
直立不動で視線を上方に向け視線をあわせないまま報告をする警備兵を殴り倒したくなるのを、噛み締めていた顎の力を一瞬緩めることでやり過ごす。
「…わかった、引き続き捜索を続行しろ。 ヒルランドはまだ戻らないか」
若くはあるが、使える部下を見回して探すがまだ戻っていないようだ。
「ノースラァト隊長、これは一体」
程無く戻ったヒルランドが異変に気づき小走りで近づいてきた。
「逃げられたらしい」
ヒルランドが来るまでに聞いた詳細では、連行してきたジッテ・ベルヒュールを赤毛の男…魔導具組合支部長の裏の面での片腕であるウルヴァ・レントらしき男の手によって逃亡した。
実際にウルヴァ・レントが実力行使をしてきたわけではないが、ジッテを輸送中に街中で喧嘩が発生し騒然となった時にジッテを拘束していた警備の視界が"瞬きの闇"(※二秒程視界を闇で覆う魔法)に閉ざされ、その一瞬の隙に逃亡された。
公式の記録は無いが、魔道具士であるウルヴァには魔術師としての適性もあるらしい、魔術師としての登録はされていないためどの程度の実力を有しているかは不明だ。
だが、街が騒然とする中で、あの赤毛が翻るのを見た者がいる。
「っ! た、隊長っ!」
事の次第を説明している私を遮って、ヒルランドが顔を青くする。
「隊長宅に不法侵入者です! 結界内部に干渉物があったもよう、外部からの連動干渉により結界を壊されましたっ」
「―――わかった。 各門の警備長へ伝えろ、門の警備は現行通りで厳しくするな、ただし門を出る者に秘密裏に"追跡"を掛けた上で、追跡者をつけろ。 決して見失うな」
軍内部で独自に構築されている魔道具の連絡装置で各門へ通達される。
程無く大きな鞄を引く茶色い髪の男が二人内門の一つを通り抜けたとの連絡が入る、ジッテの顔を知っていた警備が居たので二人組の一人がジッテであることも報告された。
相手に魔術師が居ることから、ヤツらも"追跡"の魔法を掛けられていることは気づいているはずだ。
振り切られる前に追いつかねばならない。
腰のベルトに吊ってあるポーチから虹色魔石の入った小袋を取り出し小粒の魔石を二粒取り出し、一つをヒルランドに渡す。
「"縮地"」
遅れずにヒルランドも"縮地"を発動させ、通常の5分の1の時間で目的の門へと走り着く。
この門に配置していた魔術師からヒルランドへ術を引き継がせる。
残念だが私はこういった精緻さを要する魔法が不得手だ、適材適所とはいえ、自分でできないというのはなんとも焦れる。
「上手く泳いでくれればいいが」
口ではそう強がってみるが、内心に湧く焦りは減らない。
「隊長、術を引き継ぎ終わりました!」
「よし。 まだ仲間が居るかもしれない、警備体勢は継続、門を出る者には"追跡"を掛け追跡者をつけてくれ」
ヒルランドに先導させ、市中警備から数名借り受けて潜伏先へと向かう。
辿り着いた先はゲイリークの商会がらみの倉庫の一つだった。
追跡していた者がこちらに気づき近づいて、様子を報告する。
時間を掛けるだけ向うに有利になると判断し、突入することを決断する。
ヒルランドに数個の虹色魔石を渡し、その小さな倉庫の周囲に足止め用の結界を張らせて近くの建物の陰に下がらせる。
ドアをぶち破ると同時に目くらましの"瞬光"を唱え中の人間の行動を一瞬抑え、その一瞬で部屋の隅に寝かされていたマモリを捉えると"縮地"を使い彼女との距離を一瞬で縮め保護する。
後は続いて突入してきた警備達が問答無用で、中に居た男数名を確保する。
見事な働きを見せた警備が手際よく取り押さえた男たちを、内門へと連行してゆく。
私は確保して程なく目を覚ましたマモリの無事を確認し、コッソリとその唇を味見してやっとひとごこちがついた。
マモリを胸に抱きしめ、室内の捕物から隔離し、総てが引き上げてから腕の力を緩めた。
マモリを送り、少々強めに結界を張り、絶対に家から出ないように約束させてから内門へ戻る。
今度こそ、ジッテとウルヴァを捉えほか数名も捕縛することができた。
成果は上々だ。
私のマモリを二度も誘拐したことを後悔してもらわなくてはな。
さぁこれから楽しい尋問の時間だ。