午前は様子見
○
10:36a.m.
開店して間もなく、ケーキを買う。
金銭的にホールではなく、ピース。
うんー、カットかも?横文字って難しいな。
ケーキの数え方はともかく、何種類かのケーキ、プリンを買って、少し古いアパートに向かう。
わたしの家じゃない、兄の友人の家。
本当は逃げたいけど逃げられないの。
嫌な約束を無理矢理させられたものだから、わたしは仕方なく。
行くのも嫌。
ここにいるのも嫌。
ピンポンするのなんて嫌。
ましてや、このひとの前にいるなんて……嫌。
「んあ~おはよ~?」
気だるげな彼は起きぬけらしく、あくびをしながら挨拶をする。
髪はボサボサ、不精髭。
何度も着ているからか、ゆるくなっているTシャツと毛玉がついているジャージ。
「おはようございます」
それと、誕生日おめでとうございます。
プレゼントのケーキを渡すと、彼がきょとんとしている。
「何これ」
「ケーキですけど」
「んんっ?……俺言ったけ」
「甘いものがほしいって言いませんでしたっけ?」
彼が何を考えているか、わからなくて顔を見上げる。
兄が意地悪するときの顔そっくり。
彼のその笑った顔は、好きじゃない。
○
11:24a.m.
場所は変わって女友達の家。綺麗なアパート。
ローテーブルに、今は上半身を預けた状態で、うつぶせるだけ。
やめろテーブル壊れると言って、ここに住んでいる主にぺしぺし叩かれるのは仕方ない。
もともと呆けた頭が、さらにおバカさんになるぐらいだもの。
「何不貞腐れてんのよ」
ぺしぺし。
頭のネジは、今転がっているところ。
「だって」
ぺしぺし。
ネジはたくさん吹っ飛んで、山になっているところ。
「いいじゃない、あのひとダッサイし、やり方がイノシシみたいだけど、あんたに一途だよ」
「まりちゃんのばか!」
八つ当たりもいいところ。
ネジがなくなった頭は、爆発した。
飄々としているんだもの。
むっとするよ。
起き上ってマシガントークよろしく。
「む、無理矢理押し倒されるとか! 朝にすることじゃないし! あれは合意の上でするものでしょ!? き、キスして、なんやかんやで『優しくする、大丈夫だから』って言われて、痛いけどわたし幸せ!みたいな感じになってさ!! それなのに何でいきなりこんなめにあうの!? わたし黒沢さんに悪いことした!? いいえしてませんよ、してませんとも!! それにそれに何でこうなったかわからないし! もー意味わかんない! 何なの、あのひと!!」
「突っ込みたいことが多々あるけど……まずさ、あんた少女マンガの読みすぎじゃない? 実際は暗転とか、いきなり朝とかないからね? お花たくさんとか光たくさんとかないからね? 大丈夫? ちゃんと現実見てる??」
「わかってるよ、それぐらい! まりちゃんのほうがどっぷり変なマンガにのめりこんでるくせに! どんだけイタイって思われてるのよ、わたし!?」
「少女マンガに例えてる時点で十分よ、このイタイコ。……それにしても筋肉ダルマからよく逃げさせたね?」
「きんにくだるま?」
「黒沢さん」
「あ、ああ……って、黒沢さんは筋肉ダルマなの?」
「筋肉質で横も縦も熊みたいにでかけりゃ十分そうだって、あのさ……話を反らさないでくれる?」
「ごめん……えーと、ほら、うん」
「何?もう醜態さらしたんだからイラッとするんだけど、変なところで照れられるとかイラッとするんだけど」
「うんごめんなさい……わたし、ね。ほら、石頭だから……」
「ああ、そういうこと」
「なんかアリさんの歌思い出すよね? ごっつんこ」
「セック」
「わーわーわー! だめ、女の子がそんなあからさまなこと言っちゃ!!」
「……情事前に、そんなこと考えるかね?あんた」
「暴れて慌てて逃げてきちゃったけど、大丈夫かな?黒沢さん」
「だから話を……いいや、もう。てか、犯そうとした相手を心配するかフツー?」
溜め息をついた、まりちゃんは脱力したようだった。
「もうお前らいい加減くっつけよ」
なんていう、まりちゃんの小さな悪態に気づかないわたし。
なおもただただしゃべるだけ。
○
12:47a.m.
まりちゃんと、ひとしきりおしゃべりした後。
ご飯を食べようということで、まりちゃんの家近くの大きな商店街にある、飲食店に行く。
そしてまたおしゃべり。
「見つけた!」
後ろから大きな声が聞こえてきたので、ふりかえる。
思わず二度見。
……。
もとの姿勢に、勢いよく戻す。
「まままままりちゃん!?」
「買収されたので、はめてみましたけど?」
「まりちゃんのばかああああああああ!!」
逃げよう。
とにかく逃げる。
逃げなきゃならない!
「後で払うから、ひとまずごめん!」
「利子付きで返せよ」
「このしゅせんど!」
そう言い残して走って逃げた。
彼から捕まることがないように、一刻も早く、逃げなくちゃ。
別作品を考えるあまりの逃避からか、ピコンと思いついてしまいました。
えーと、まず自ら罠に行こうとするウサギちゃん(笑)がうまく脱兎したその後……というのが今回の話でした。
次回は茂みに隠れて獲物を見つめる飢えた獣が、捕まえようとする話の予定です。