開花宣言
それから一週間、私は生きた心地がしなかった。
仕事でミスを連発し、みんなにも迷惑を掛けてしまう。
そんな私は、怒られるどころか、逆に心配されてしまった。
日頃から、真面目に仕事しといて良かった…。
つくづく、そう思った。
佳奈ちゃんにも会わずに済み、定期報告をする必要もなかった。
そして、運命の金曜日。
前日、私の街にも、桜が咲いたというニュースが流れていた。
この日は、月曜日からミスを連発してしまった所為で、定時に仕事が終わらない。
春人君との約束の時間にも間に合わない。
少し遅れる旨をメールで告げ、急いで仕事を片付け、春人君の待つ場所へ走る。
「ごめん…、遅く…なって…。」
息を切らせて、待ち合わせ場所に着く。
「走って来たんですか?」
「遅れ…ちゃった…から…。」
「別に良かったのに。俺は気にしないですから。」
「でも…。」
いつかと同じ会話をする私達。
立場を入れ替えて…。
この日の春人君は、心なしか、すっきりした顔をしていた。
彼の笑顔に、私の期待は大きく膨らんだ。
「一昨日、佳奈子の彼氏に会って来ました。佳奈子と三人で。」
「はぁー?」
春人君の報告に驚きを隠せない。
「何か、凄くいい人でしたよ。」
「そ、そう…。」
「多分、佳奈子の彼氏には、俺の佳奈子に対する気持ちを、見透かされていたかも知れませんけど。」
「大丈夫だったの?」
「表面上だけかも知れないですけど、嫌な顔、一つせず、俺とも気さくに話してくれました。」
「そういう事じゃなくて…。」
「これは、俺なりの『区切り』ってやつです。確かに、まだ胸がチクチクする事もありますけど、気分はすっきりしました。」
「良かったね…。」
笑顔で話す春人君を見て、これで彼は大丈夫だろうと確信した。
「それで、この前の続きなんですけど…。」
「…!」
ついに来た…。
「俺が、佳奈子の事に区切りを付けたかったのは、他に気になる人が出来たからなんです。」
「気になる人…って?」
「その人は、俺と同じ経験があって…。」
「…。」
「こんな俺のどこがいいのか分からないんですけど、好意を持ってくれたみたいで…。」
「…。」
「初めは、からかわれているんだと、思っていたんですが…。そうじゃないらしくて…。」
「…。」
「その人は優しい人で…。その人が笑顔になると、俺は嬉しくなって、その人が悲しそうな顔をすると、俺は心配でしょうがなくて…。」
「…。」
「つまり、何が言いたいかと言うと…。その人も、俺と同じ気持ちだといいんですが…。」
「…。」
彼はそこで、一呼吸おくと、大きく深呼吸した。
「俺は夏海さんが好きです!」
私の期待通りの言葉だった。
涙が零れてきた。
初めて、異性の前で涙を流してしまった。
この時は、どうしても、我慢出来なかった。
「佳奈ちゃんよりも?」
「勿論です!だから、俺の恋人になってくれませんか?」
「はい!喜んで!」
精一杯の笑顔で、返事をした。
「何か…、どこかの居酒屋みたいですね…。」
心底、ホッとしたような顔を見せた彼が、たまらなく愛しかった。
「本当に私なんかで良かったの?」
今日は、家の前まで送ってくれると言う春人君と並んで歩く私は、もう一度確認する。
「もー、何回、同じ事を聞くんですか!夏海さんがいいって、言ってるじゃないですか!」
「だって…、私の方が年上だし、背だって私の方が高いし…。」
「あっ、やっぱり、それを気にしていたんですか!」
「『やっぱり』って?」
「最初の頃、ヒールの高い靴だったのに、この前、遊園地に行った時から、ヒールがない靴に変わったから。今日もそうだし。」
「だって…。」
「ヒールの高い靴で、颯爽と歩く夏海さんの方が、絶対、格好いいですよ!」
「そう…かな?」
『格好いい』と言われても…。
私…、一応、女なんだけど…。
「今更、俺の身長が伸びたり、夏海さんが縮んだりする事はないですから。気にするだけ損ですよ!」
「年齢差は?」
「それこそ、気にするだけ無駄ですよ。たった四歳だけじゃないですか!六十歳、七十歳になれば、同い年みたいなもんですよ!」
「…!」
それって…。
ずっと一緒にいてくれるって事?
いやいや、何を先走っているんだ、私は…。
「夏海さんに、一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
「俺なんかの、どこが良かったんですか?」
「うーん、難しい質問だなぁ…。だって、一目惚れみたいなものだったから…。」
「はぁー?一目惚れ?」
「そう!」
本当は、他にも色々あるけど、きっかけは間違いなく、最初に出会った瞬間だったから…。
「ここで大丈夫だよ。私の家、あそこだから。」
家の近くまで来たところで、別れを告げようとする私。
「家の前まで、行きますよ。」
「うーん…、気持ちは嬉しいんだけど…、うちの家族に見つかると色々厄介だから。」
「そうですか…。」
少し肩を落とした春人君。
「あのね、家族に紹介したくないって事じゃなくてね…。会えば分かるんだけど、色々面倒臭いのよ、うちの家族…。」
お父さんとか、お母さんとか…。
お姉ちゃんもだけど。
「じゃあ、日を改めてご挨拶に伺います。」
「そんなに、かしこまらなくても…。それより…、ちょっとこっち来て…。」
辺りを伺いながら、電信柱の影に春人君を呼ぶ。
「何ですか?」
「…。」
そこで、彼の手を取り、思い切って目を閉じる。
「あうっ、えー!」
「早く!誰か来ちゃうよ!」
躊躇していた春人君だったが、私の唇にそっと自分の唇を重ねる。
ほんの一瞬だけ…。
「…。」
目を開けると、顔を真っ赤にした春人君がいた。
「何か短くない?」
「いきなりは、難しですって!誰か来るかも知れないですし!」
「ケチ!」
「そういう問題じゃないですよ!」
テンパっている彼が、とても可愛く思えた。
いつの間に、こんなに好きになっちゃったんだろう?
あーあ、私の………だったのになぁ。
春人君と別れた後、そんな事を考えながら、家の玄関を開けると…。
「おかえり!遅かったね。」
風呂上がりの母に出くわす。
「うん…。ただいま…。」
母の顔がまともに見れない。
だから…、女子高生かよ、私は…。
「もしかして…、デート?」
「…!」
「うわっ!分かり易い反応だこと!」
「もー、うるさい!」
私は、急いで自分の部屋に向かう。
恐らく、私の顔は真っ赤だろう。
だって、物凄く暑いから…。
外はまだまだ寒いのに…。
「もー、聞いて下さいよー、夏海さん!」
「どうしたのよ、一体。」
週が開けて月曜日。
久し振りに、佳奈ちゃんに会う。
いつものように、社員食堂で話す私達。
「この前、彼氏と春人と三人で会ったんですけど。春人の奴、私の『黒歴史』ってやつを、洗いざらい彼氏に話しちゃったんですよ!酷くないですか!」
「そんなに隠しておきたかった事なの?」
「まぁ、そうでもないですけど…。でも、彼氏には隠しておきたかった事なんです!」
「彼氏は何て言ってるの?」
「『お前の新たな一面が見れた』って、喜んじゃって…。ことある毎に、からかわれて…。もー、最悪です!」
「でも、春人君だって、本当に言っちゃまずい事は、言ってないんでしょ?」
「そうですけど…。やっぱり、夏海さんは春人の味方なんですよね…。女の友情って、好きな男の前では無力ですもんね…。」
「そんな大袈裟な…。」
「そう言えば、どうなりました?」
「な…に…が?」
「うわー、とぼけてるよ、この人!『長期戦』か『短期戦』かですよ!」
「実は…、もう付き合ってる…、春人君と…。」
「はぁー?夏海さん、春人に『好きだ』って、言ったんですか?」
「ううん、言われた…。春人君に…。」
私が言わせたようなもんだけど…。
「早いですね…。私が想像してたより、遥かに…。やっぱり、夏海さんの『攻撃力』って、半端ないんですね…。」
「…。」
「じゃあ、今夜、ゆっくりと聞かせてもらうとしましょうか、二人のいきさつを!」
「えー!」
「私には、聞く権利があると思います!二人のキューピッドなんですから!」
「佳奈ちゃんの、『黒歴史』と引き換えなら…。」
「それは無理です!…、その代わり、春人の『黒歴史』でどうですか?今後、色々役に立つと思いますが…。」
「うーん…、それで手を打とう!」
私に、春人君を巡り合わせてくれた佳奈ちゃん。
本当にありがとう!
これからも、仲良くしてね!