決戦は金曜日 その二
「デートはどうでしたか?」
出来るだけ、佳奈ちゃんには会わないようにしていた月曜日。
しかし、彼女に目ざとく見つけられてしまう。
「楽しかった…よ…。」
「そういう事じゃなくて。夏海さんには、デートの様子を、私に報告する義務があると思うんですけど。」
「大して進展はなかったけど…。」
「まぁ、言いたくなければ、別にいいですけど。春人から少し聞き出したし。」
「えっ!どこまで?」
「『どこまで』って、夏海さんが、お弁当を作って行った事とか。これは、ポイント高いですよ!夏海さんも、やれば出来るじゃないですか!」
「友達の真似をしただけなんだけど…。」
「あとは、春人を観覧車に連れて行っちゃった事とか。アイツ、昔から高い所が苦手で。子供の頃、観覧車に乗ったら、大泣きして大変だったんですから!」
「知らなかったから…。最初に言ってくれれば、良かったのに…。」
「『今回は耐えられる気がした』って、言ってましたよ。春人の奴、夏海さんの事、結構、意識してると思いますよ!」
「そんな事ない、…よ。」
「帰り際、夏海さんの様子が、ちょっとおかしかったって、気にしてましたけど…。アイツ、夏海さんの気に障る事でもしました?」
「そういうわけじゃないよ…。彼が、ずっと好きだった人の事が忘れられないみたいで、悲しくなっただけ…。」
「アイツ、好きな人いたんだ。」
「そうみたい…。だから、彼の目に、私は映ってないと思う…。」
「それは違いますよ!だって春人に、夏海さんってどんな人なのか、細かく聞かれましたし。」
「…!」
「あっ、これは口止めされてたんだった!ま、いっか。」
「何て答えたの?」
「外見とは違って、凄くピュアな人って言っときました。繊細で可愛らしい人って。」
「…。」
「だから、あと一押しですよ!そうすれば、向こうから言って来ますよ。『夏海さんが好きだ』って。」
「本当に?」
「間違いないです!もう一つ、手っ取り早い方法もありますけど…。」
「手っ取り早い方法?」
「結構、簡単な事ですよ。夏海さんの方から、『好きだ』って言うだけですから。」
「…!全然、簡単じゃない!」
「だから、一つの手段であって、どうするか決めるのは夏海さんですから。長期戦を覚悟して、押しまくるのか、一言伝えて、短期決戦で終わらせるのか。」
「…。」
「夏海さんの場合、短期決戦でいっても、勝算は充分あると思いますけど。あくまで、私の個人的な意見ですから、責任は取れませんが。」
私から気持ちを伝える…か…。
難易度が高いな…。
いや、これからは素直に気持ちを伝えると、あの日に誓ったじゃないか!
でも、いざとなると…。
そして、私は…。
またしても金曜日に、この前と同じ場所で、春人君と一緒にお酒を飲んでいる。
私はまだ、短期か長期か決めかねていたが、この日は春人君に誘われて飲みに来た。
春人君は、何か話があるに違いない。
「この前、夏海さんに言われた事を、ずっと考えていたんですけど…。」
「私、何を言ったっけ?」
アルコールの所為か、自分の言った事が思い出せない。
「『自分なりの区切り』って奴です。」
「ああ、あれね…。私が、余計な事を言っただけだから、気にしなくても良かったのに。」
「俺の区切りの付け方って、どうする事なんでしょうか?」
「それは、春人君しか分からない事じゃないかなぁ。私に口出し出来る事じゃないよ。」
「でも、この前、『他の娘に目を向けろ』って言ってたじゃないですか?それで、区切りを付けた事になるんでしょうか?」
「あれは、例えばの話であって…。」
「それじゃあ、他に何か方法はないですか?」
「だから…、私が口を出すべきじゃないって言ってるでしょ!」
「…!すいません…。」
思わず声を荒げてしまった。
「…。私の方こそ、ごめんなさい。大きな声を出して…。」
「いえ…。」
「さっきから、『区切り』って言ってるけど…。佳奈ちゃんの事はもういいって事?」
しばしの沈黙の後、私の方から言葉を発する。
「勿論、もう好きじゃないという事ではないです。ただ、前に進まなければいけない理由が出来たので…。」
「『理由』って何?」
「それは…、まだ言えません…。」
春人君は、私の顔を見た。
しかし、私と目が合うと、すぐに伏せてしまう。
佳奈ちゃんが言うように、私を意識しているという事なのか?
私の心は、急激に『短期決戦』の方に針が振れる。
簡単な事だよ!
『好きだ』と伝えるだけなんだから!
素直に気持ちを伝えるだけなんだから!
言わずに後悔するより、言って後悔した方が、絶対いいに決まってる!
「何となく、気付いているかも知れないんだけど…。私ね…。」
「待って下さい!そこから先の言葉は…、待って下さい…。」
「えっ?」
「俺に少し時間を下さい。そこから先を聞く前に、『自分なりの区切り』を付けるので…。」
「…?」
「区切りが付いたら、改めて聞きます…。じゃなくて…、俺が…。」
「それって…。」
私は、期待して待ってていいの?
「今日も送って行きます。」
「ありがとう…。」
この日も、わざわざ反対方向の電車に乗り、私を送ってくれる春人君。
「…。」
「…。」
並んで電車に座る二人の間に会話はない。
一体、どういうつもりなんだろう、春人君は…。
期待してても、本当に大丈夫なの?
私はずっと、そんな事を考えていた。
「一週間…。」
「えっ?」
「俺に一週間、下さい。」
タクシー乗り場で、いつものように別れを告げた私に、春人君が言った。
「…。」
「一週間後の金曜日に、また会って下さい。」
「…。分かった…。」
「じゃあ、気を付けて。」
「うん…。ありがとう…。」
この日は、タクシーの中で振り返らなかった。
振り返るのは、怖かった…。