決戦は金曜日
金曜日になると、私は朝から憂鬱だった。
例の彼と会いたくないという事では、決してないが…。
そんな日に限り、残業もなく、定時に仕事は終わってしまう…。
「夏海さん!」
「…。」
「夏海さんってば!」
「あっ、何?」
緊張している私。
いい年して情けない…。
「もしかして…、緊張してるんですか?」
「…!少し…。」
「夏海さんって可愛いですね!最近、夏海さんの印象が、だいぶ変わりましたよ!もっとカッコいい女性だと思ってました!」
「…。」
ホント、情けない…。
「それにしても、アイツ遅いなぁ。もしかして、またバックレたか?」
「『また』って、前もあったの?」
「そうなんですよ!大学生の時、今の私の彼氏と三人で会う約束をした事があって。その時、春人の奴、『急にバイトが入った』とか言って、来なかった事があるんです!」
「へーえ…。」
私の予感は、どうやら当たりの気配がする。
「その時、春人に女の子を紹介してあげようと思って、アイツに内緒で、私の友達も呼んでたんです!」
「…。」
別に、内緒にする必要はなかったのでは?
「さすがに、彼氏と三人は、春人も居心地が悪いだろうと思って気を使ったのに。その後、色々フォローするの大変だったんですから!」
「…。」
「初めて、アイツに殺意を覚えましたよ!春人を、社会的に抹殺出来るような、奴の恥ずかしい過去を、私は知ってますから。」
「私は、その彼が来なかった理由…、何となく分かるかなぁ…。」
「夏海さんは、春人の肩を持つんですか?」
「そういうわけじゃないけど…。」
見たくなかったんだよ、きっと…。
私の予想通りなら…。
私の場合に置き換えると…。
間違いなく逃げるね…、私も…。
実際、似たような事をした記憶もあるし…。
「それにしても遅いなぁ、春人の奴!電話してみようかな?」
佳奈ちゃんが携帯を取り出そうとした時、私達の方に歩いて来る男性を見つけた。
私達の方を見ながら歩いて来る、その男の人。
正確に言えば、佳奈ちゃんの方を見ている。
恐らく、彼の目に、私は映っていない…。
「おい、佳奈子!」
佳奈ちゃんに呼び掛ける、その男の人。
「…!遅い、春人!女性を寒空の中、待たせるなんて最低!」
「相変わらず自分勝手な女だな!無理ヤリ呼んだのはお前だろ!こっちだって、『仕事の都合』ってのもあるんだから。」
「そうだとしても、急いで来なさいよ!全力で走って来るとか。」
「何でお前の為に、全力疾走しなきゃいけないんだよ!」
「今日は、私だけじゃなくて、あんたに紹介したい人がいるって言ったでしょ!そんな態度じゃ、出だしから減点だよ!ですよね、夏海さん?」
「そんな事もないけど…。」
掛け合い漫才のような二人のやり取りに、圧倒されていた私。
そして、佳奈ちゃんが私に話を振った時、彼はゆっくり私の方を見て…。
「…!」
大きく目を見開き、固まってしまった。
「…?」
「…。ちょっ、佳奈子!こっち来い!」
「何よ!」
「いいから、来いって!」
二人は、何やら話し始める。
何かあるのか?
私が、思っていたよりおばさんだったとか…。
まだ、二十代なんだけどなぁ、一応…。
それとも、私の背が高過ぎるとか…。
でも、私ぐらいの身長なら、他にもいっぱいいるでしょ?
お姉ちゃんとか…。
「改めて紹介しますね。この垢抜けない男が、松浦春人。」
佳奈ちゃん達だけの会話が終わり、彼女がその彼を紹介する。
「一言多いんだよ!…初めまして…。」
「初めまして、佳奈ちゃんの同僚の倉田夏海です。」
私が自分の身長を気にしたのは、春人君の背が低いから。
佳奈ちゃんよりは大きいが、多分、私より小さい気が…。
更に、かなり童顔である。
『高校生』と言われても、信じられるくらいの…。
キリッとした顔付きは、想像とはだいぶ違うが、彼はそれなりにモテるんじゃないのか?
「寒いから、早く店に入りましょうよ!」
先を行く私達の後から、春人君はトボトボと付いて来る。
彼は、佳奈ちゃんが言うほど悪くないでしょ?
私は、自分の鼓動の早さを自覚していた。
「ねぇ、佳奈ちゃん。さっき、二人で何を話してたの?」
「夏海さんが、心配してるような事じゃないと思いますよ、多分。」
「…?」
「夏海さんが美人過ぎて、アイツが舞い上がってただけですから。」
それにしても…。
私のこのドキドキは、初対面の緊張からか、それとも…。
この日、佳奈ちゃん達と話しているのは楽しかった。
佳奈ちゃんと春人君の掛け合いは、面白かった。
言いたい放題の佳奈ちゃんに、声を荒げるでもなく、冷静に突っ込む春人君。
同じ幼なじみでも、人それぞれ。
私達の場合は、こんな感じではなかった…。
そして、時々見せる、春人君の悲しげな表情が気になる。
やっぱり、春人君は佳奈ちゃんが好きなんだろうな…。
私の予感は、どうやら当たっていたようだった。
「それじゃあ、夏海さん。私はこっちの電車なんで。」
「うん。今日は楽しかった!また月曜日ね!」
駅の改札前で、佳奈ちゃんと別れる。
「ちょっと待てよ、佳奈子!俺もそっちなんだから。」
「はぁ?何を言ってるの春人?」
「何がだよ!」
「あんたバカなの?春人は、夏海さんを送って行くに決まってるでしょ!」
「「えっ!」」
私と春人君がハモッてしまう。
「わ、私は大丈夫だよ!家は駅から近いし、駅からタクシー使って帰るし。佳奈ちゃんの方こそ、一人じゃ危ないでしょ?」
「私は平気です!駅まで彼氏が迎えに来ますから。そのまま、彼氏の家に行きますし。」
「…。」
チラッと春人君を見ると、また悲しげな顔をしていた。
佳奈ちゃんも残酷だよなぁ…。
「それじゃあ、春人。夏海さんをよろしく!」
そう言い残して、佳奈ちゃんは行ってしまった。
「仲がいいんだね…、佳奈ちゃんと…。」
「そうですかねぇ…。」
春人君と二人きりは、さすがに少し気まずい。
「春人君の恥ずかしい過去、いっぱい知ってるみたい…だし…。」
「言われて困る事でもないですよ…。」
何とか話し掛けるも、会話が弾まない。
「…。」
「…。」
あっという間に、話のネタが尽き、沈黙の時間が訪れる。
恋愛初心者に近い私には、荷が重い状況だった。
そういえば、私の連絡先を、聞いてくれないのかなぁ…。
それとも、年上の私が聞くべき?
こういう事は、男の人が聞いてくるものだよね?
そんな事が、頭の中を駆け巡っている内に、最寄り駅に着いてしまった。
「ここで大丈夫だから。駅前でタクシー拾えるし。」
改札を出た所で、春人君に告げる。
「じゃあ、タクシー乗り場まで。」
黙って私の横を歩く彼。
やっぱり、私の方が少し背が高い…。
「今日はありがとう。楽しかった!また遊んでね!」
精一杯の笑顔を作る私。
「はい。」
私が小さく手を振ると、彼は優しく微笑んだ。
その笑顔に、私の鼓動は再び早くなる。
タクシーに乗り込み、すぐに振り返ると…。
既に、彼の姿はなかった…。
やっぱり、彼の目に、私は映っていない…。
「はぁー…。」
大きく溜息をついた私。
溜息の理由は何だろう…。
そういえば、結局、連絡先を聞けなかった。
もう少し、彼と話がしたかったのになぁ…。
彼に私と同じ匂いを感じ、妙な親近感を覚えた。