第19話「鍋と同居人」
湯気が、ゆっくりと立ち上る。
アクアは、100階の小部屋でシャワーを浴びていた。
「……はぁ」
全身の力が抜ける。
さっきまでの戦いが嘘みたいだ。
あの少女
ユウ。
「……バケモンだろ、あれ」
小さく呟く。
だが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ
「……またやりたいな」
自然と、そんな言葉が出た。
タオルで髪を拭きながら、部屋に戻る。
そして、箱を開ける。
「……お」
中にあったのは、牛肉。
赤く、艶のある塊。
「当たりだな」
キッチンへ向かう。
鍋を用意する。
肉を切る。
ジャガイモ。
ニンジン。
適当に刻んで、全部放り込む。
火をつける。
「……あとは、待つだけか」
しばらく眺める。
コトコトと音がする。
いい匂いが、広がっていく。
「……腹減ったな」
だが。
急に、眠気が来る。
「……ちょっとだけ」
ベッドに倒れ込む。
意識が、すぐに落ちた。
「……ん」
目が覚める。
ぼんやりとした意識。
なにか、柔らかいものを抱いている。
「……あったけぇ……」
無意識に、ぎゅっと抱きしめる。
「……アクア……苦しい……」
「……ん?」
一瞬で、目が覚めた。
「……は!?」
飛び起きる。
そこには――
「……お前……」
ユウがいた。
普通に、ベッドで寝ている。
「……なんでいるんだよ!?」
思わず叫ぶ。
ユウは、目をこすりながら起き上がる。
「……んー……」
伸びをする。
「家に帰ったんだけどさ」
「……おう」
「鞭でお仕置きされたから」
「は?」
「メテオスプラッシュで壊してきた」
「……は?」
理解が、追いつかない。
「鞭?」
「うん」
「メテオ?」
「うん」
「壊した?」
「うん」
「……」
沈黙。
「……お前、何してんだよ」
「やり返しただけだけど?」
あっさり。
悪びれもない。
「……そうかよ」
もう、深く考えるのをやめた。
どうせ理解できない。
そのユウが、きょろきょろと部屋を見回す。
「……こんな部屋あったんだ」
「……え?」
「知らなかった」
「……マジか」
アクアは、少し呆れる。
「ポイント、まともに溜まったことなかったもん」
「……あー」
納得する。
「そりゃ、スライムばっかじゃ飽きるだろ」
「うん、飽きてた」
「だろうな」
腕を組む。
「変化とご褒美がないと、来る意味ねぇよ」
「……なるほど」
ユウが、妙に真面目な顔で頷く。
「……って、あ」
アクアが思い出す。
「鍋」
急いでキッチンへ向かう。
蓋を開ける。
湯気が一気に広がる。
「……いい感じだな」
肉は柔らかくなっている。
ジャガイモも崩れかけ。
いい匂い。
「飯、食うか?」
「うん!」
ユウが、即答する。
さっきまで眠そうだったのに、もう元気だ。
走ってくる。
目が輝いている。
「……分かりやすいな」
苦笑しながら、皿に盛る。
二人分。
湯気の立つ煮込み。
「いただきます!」
ユウが、すぐに食べる。
一口。
そして
「……!」
目を見開く。
「なにこれ……」
牛肉が、ほろりと崩れる。
トロトロ。
口の中で溶ける。
「……うま……」
思わず、笑顔になる。
アクアも食べる。
「……ああ、これはいいな」
味がしっかり染みている。
そして
「……この匂い、なんだ?」
瓶を見る。
調味料。
だが、見たことがない。
ラベルもない。
「……分からん」
「でも、めっちゃいい匂い」
ユウが笑う。
そのまま、夢中で食べる。
さっきまでの“最強の存在”は、どこにもいない。
ただの、少女だ。
「……」
アクアは、それを見て少しだけ、安心した。
「……まぁ、いいか」
こんな時間も、悪くない。
ダンジョンの最深部で。
龍と一緒に、飯を食う。
意味は分からない。
だが確実に、面白い。




