第四話 記憶
幕田村――。
辺りはすでに暗くなり、雨は少しずつ強くなってきていた。
「宇都宮からの伝令はお前だったのか」
雨の中から現れた大きな影に、新八が声を掛けた。島田の口元が緩む。
「土方さんの前じゃ、おちおち話もできないからな」
「ちっ。あいつの差し金かよ」
「ああ見えて気にかけているんだ……。急ぎ米田殿に伝えたい」
新八が島田と宇八郎を伴って米田の元へ向かった。
島田から作戦を聞いた米田は、島田に尋ねた。
「壬生からの使者の名前はお聞き及びですか?」
「確か、友平なにがし、……慎三郎だったかと」
島田の口から出た名前を聞いた米田は、相好を崩し、かすかに笑い声を発した。
「いかにも愚策。それは敵の策でございますな」
米田の言葉に島田ばかりでなく、新八らも首を傾げた。
「小山での戦の後、壬生を通ろうとしたときにひと悶着あったのはご存じと思いますが……」
4月17日、野州・小山で香川敬三率いる新政府軍を破った大鳥率いる旧幕府軍は、日光へ向かうために、小山から北西に延びる壬生街道を進み、壬生南方約6キロまで進出した。ここで大鳥は、壬生藩に対して壬生城下での休息と物資の提供を依頼。このとき壬生藩は、のらりくらりと大鳥の要求をかわし、結局大鳥は壬生藩から提供された食糧だけを受け取って壬生を離れたのであった。この時の壬生藩の交渉役が友平慎三郎であった。
「そのような奴が使者などと、間違いなく裏のある申出でしょう」
「土方さんもそのように言っていました」
「さすが土方参謀だ」
二人の会話を聞きながら、複雑な表情の新八。すると、宇八郎が口を開いた。
「とは言え、見事な策。敵が対岸に陣を築いたと聞いたときは肝を冷やしたが、さすが大鳥さんだ」
頷いた米田は、その場を離れていった。
「気に入らねぇな」
新八は吐き捨てた。宇八郎が怪訝そうに訳を尋ねる。
「本隊が来るなら、どうして俺たちに先に仕掛けろ、なんだ? 合流後に一気に畳みかければいいはず。何か別な策があるってことだ。所詮俺たちは捨て駒ってことだ」
新八の言葉を聞いた宇八郎の顔が再び険しくなる。しばしの沈黙。これを島田が破った。
「死番だよ」
二人の視線が島田に注がれる。一呼吸おいて新八の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
島田はその笑みを見たことがあった。そう、京都で……。
新八もあの時以来の胸の高鳴りを覚えた。そう、池田屋の……。
「しばん?」
再び宇八郎が怪訝そうに尋ねる。新八は答えなかった。
「土方さんも同じ見立てだった」
島田が続けた。
「ちっ。見透かしたようなこと言いやがって。ほんと気に入らねぇ」
新八の言葉に棘はなかった。
「ほかに何か言っていたか?」
新八が島田に尋ねた。島田が土方の言葉を伝えた。
「川か……。確かに、『川』は次の作戦の鍵を握るかもしれねぇな」
島田と宇八郎の視線が新八に向けられた。
「この辺りで川の南北を行き来できるのは、あの橋だけだ。宇都宮を守るためならこれを壊せばいい。ただ、そうすると壬生には攻め込めない。かといって、下手な戦をすれば、敵が一気に攻め寄せる。難しいな」
川の方に視線を移す三人。雨音の中に、かすかに川の流れの音が混じる。
「俺は奇襲部隊だ。先に壬生に行っている。後から来いよ」
島田の言葉に新八の口元が緩む。
「あいつに言っておけ! 心配ならてめぇが来い、とな」
吐き捨てるように言葉を発した新八ではあったが、言葉とは裏腹にその表情は明るかった。
「それは無理なお願いだ。俺はこのまま雀宮に出て、奇襲部隊と合流だ」
笑い声を残し、島田は雨の中に消えていった。
見送る新八に宇八郎が声を掛けた。
「で、しばんって何だ?」
宇八郎に振り向く新八。
「悪夢さ」
再び不敵な笑みを浮かべた。




