第三話 作戦
慶応4年(1868年)4月21日夜、宇都宮――。
大鳥は壬生城攻撃の作戦を語り始めた。
まず、伝習第一大隊を中心とする主力部隊を幕田村の第七連隊と合流させ、正面から安塚村の新政府軍を攻撃する。
一方で伝習第二大隊による別働隊に日光道中を南下させ、雀宮宿(宇都宮城の南約6キロ)で隊を二手に分ける。
一隊は雀宮宿から西に転進。間道を進ませて新政府軍の東側面を突く。
もう一隊は、更に南下。幕田村を大きく迂回し、壬生藩士の案内の元、直接壬生城に奇襲を仕掛け、これに友平率いる壬生藩兵が呼応する。
他に鹿沼宿に駐屯している会津藩兵に、主力部隊の右翼を大きく迂回させて新政府軍の背後を突かせる。
そして、主力部隊の後方支援のために一部の部隊を幕田村の北東約2キロの西川田村に配置するというものであった。
「この雨が両翼の別動隊の進軍の助けとなるだろう」
言い終えた大鳥が傍らに座る土方に視線を向けた。
「どうかな、土方参謀?」
土方は、言葉を発することなく、ゆっくりと首を縦に振った。
「正面の部隊の指揮は某が執る。土方君をはじめ、宇都宮の戦闘に加わった者たちは、ここで休んでいてくれたまえ」
江戸を脱走した旧幕府軍の指揮官は大鳥である。大鳥もここに至るまで新政府軍と戦火を交え、これに勝利してきた。その一方で、宇都宮をわずか数刻で落とした男――土方。その名は、いつしかこの陣中にあっても無視できぬ重さを帯びていた。
作戦は決まった。各将がそれぞれの役割のために散っていく。立ち上がろうとしたとき、大鳥がよろめく。
「大丈夫ですか?」
伝習隊の士官・大川正次郎が駆け寄る。
「体調がすぐれないご様子。前線の指揮はどなたか別の方に……」
「俺が行こう」
立ち上がろうと片膝を立てる土方。これを大鳥が制した。しかし、大鳥は力なくその場に崩れ落ちた。
「某が参ろう」
口を開いたのは秋月登之助――。土方とともに宇都宮城を落した会津藩士である。
大鳥の脇を支える大川の視線に応えるように大鳥は首を縦に振った。
「壬生城への奇襲、任せたぞ。鹿沼の会津兵にも急ぎ伝令を出してくれ」
大川に告げると、大鳥は兵に寄り添われて別室へと消えていった。
それぞれが持ち場に動く。軒を叩く雨音だけが響く。大鳥を見送った土方は、一人その場に座り込んだまま、眼前に広げられた壬生城の地図を見つめていた。刹那、土方は顔を上げた。同時に左手は床の上に置いた愛刀を掴んでいた。
(気のせいか……)
わずかな人の気配、視線を感じた気がした。土方の瞳が左右に動く。一通り警戒すると、再び地図に視線を落とした。これに、足音を響かせながら近づく男がいた。島田だった。
「いいですか?」
「どうした?」
土方は一瞥することなく答えた。
「あの壬生藩士の言葉、鵜呑みにして良いのでしょうか?」
島田が尋ねると土方は島田の不安げな顔に視線を移した。
「お前にしては上出来だ」
わずかに口元を緩めながら土方は言った。その言葉に怪訝そうな顔をする島田。土方は島田に座るように手で指示し、脇差を外し、鞘の先で地図を指した。
「だいたい、これから戦がおっ始まるってときに、城下の守り口の指揮官が何事もなくノコノコここまで来れると思うか? それに宇都宮と壬生をつなぐ街道は、壬生城下の丑寅(北東)の上河岸口だ。その一方で、さっきの友平って野郎が守る台宿口ってのは乾(北西)。そんな奴の内応なんて何になる」
「それじゃ……」
土方は無言で頷いた。
「であれば奇襲部隊が危ない! そうと分かっていながら、なぜ言わなかったのですか!」
強い口調で言い放った島田が勢いよく立ち上がった。
「大鳥さんに伝えなくては!」
駆け出そうとする島田に、土方は呆れるように言い放った。
「話は最後まで聞け。そういうところは相変わらずだな」
軽く微笑む土方。島田は気持ちの高ぶりを押さえながら再び腰を下ろした。
「大鳥もそのくらいは分かっているさ」
うつむきながら口にした土方は、視線を島田に移した。
「大鳥得意の『挟撃作戦』ってやつだ。安塚の敵は、例の策で突破できると踏んだのだろう。壬生城から安塚の援軍が出れば、その間に城を奪取。そのまま安塚の敵を前後から挟み撃ち。仮に援軍が出なかった場合は、そのまま安塚を蹴散らして壬生を二方向から攻め込む。おそらく奇襲部隊には内密にそんな指示が出ているだろうさ。何せ、指揮は大鳥『子飼い』の大川だからな」
自分自身の浅慮か、それとも土方の戦術眼か。島田に返す言葉はなかった。そんな島田に土方が続けた。
「とかく相手が策を弄しようとすれば、こちらも策を弄しやすいってことだ。十中八九かかる」
言い終えた土方は不敵な笑みを浮かべた。些か不気味に思いつつも、島田の顔も安堵に包まれていた。
「ただ……」
その一言に島田の表情が一転して強張る。
「それもこれも、この川をどう扱うか、の話だ」
「川……ですか?」
島田が怪訝そうに聞いた。
「そう、川だ。野州は山も、谷もねぇ平地。唯一、川が守りの役目を果たしている。宇都宮もそうだった。川をどう戦に活かすか……。ここが肝だ」
言い終えて深いため息をついた土方は、さらに続けた。
「出撃の決断が遅れたことが仇にならなきゃいいがな」
「勝てますか?」
不安げに尋ねる島田。
「知らねぇよ」
土方はゆっくりと地図をしまい始める。
「やはり、土方さんが指揮を執っては?」
島田の言葉に土方の手が止まった。
「この雨の中、頭下げられても行くかよ」
「それなら、さっきは何で『俺が行こう』なんて?」
土方は何も言うことなく口元に笑みを浮かべ、立ち上がった。
「お前は奇襲部隊に加われ。それと……」
「分かってます」
島田が答えると、土方は島田の肩を軽く叩いて屋敷の奥に消えていった。




