第一話 再会
慶応4年(1868年)4月20日夕刻、宇都宮城――。
焦げた木材の臭いが立ち込める中、地べたに横になりながら、わずかに赤らんだ空を見上げる新八の元に、足音が近づいてきた。
「どうだった?」
ため息を吐きながら新八の元に座り込む宇八郎。新八の言葉を聞いた数人が集まり、宇八郎の周囲に腰を下ろした。
「相変わらずだ。何も決まらない」
宇八郎を一瞥した新八は、再び空を見上げた。
「所詮は寄せ集め……ってことか」
「ただ……」
新八の視線が宇八郎に移る。
「第七連隊は、ひとまず幕田に向かって陣を構築しろ、とさ」
宇八郎の言葉を聞いた新八が身を起こした。
「人使いが荒いな。まぁ、あいつと顔を合わせるよりはましか」
吐き捨てる新八。
「あいつ? あぁ、土方か」
途端、新八の表情から不機嫌さが顔を出す。
「その名前を口にするな」
言い放った新八は、立ち上がると背中越しに宇八郎に言った。
「……何か言っていたか?」
「気になるのか?」
「別に」
宇八郎に顔を見せることなく、新八はぶっきらぼうに言葉を発した。
「またあいつの下で働くことになるとは、お前ら縁があるな」
宇八郎の言葉が新八を振り向かせた。一瞬、構える宇八郎。しかし振り向いた新八の顔は、拍子抜けするほど穏やかだった。
「黙っていろ。他には?」
「大鳥さんがなんとなく気だるそうだった。土方にあっさり宇都宮を落されたことが相当堪えたんじゃないか」
宇八郎の言葉を聞いた新八の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
――そうだろうさ。
「あいつの顔なんか見たかねぇ。とっとと行くか」
新八の言葉で宇八郎たちも立ち上がった。
新八たちは、第七連隊を率いる米田の元へ向かった。
前日4月19日。関東七名城に数えられ、宇都宮藩77,850石の藩庁がおかれた宇都宮城と、日光道中(街道)の宿場町として栄えた宇都宮の町は、わずか数刻で塵芥に帰した。新政府軍と土方歳三率いる旧幕府軍が激突。この戦闘で生じた火が、城や町を燃やし尽くした。城内にわずかに残った屋敷は、大鳥たち旧幕府軍幹部の宿所となっている。兵たちの多くは、廃墟と化した宇都宮城内で野営していた。
その間を歩き回る新八の眼に、米田の姿が映る。と同時に、その傍らに立つ巨躯の男の姿も目に入った。
「よう、新八!」
破願した見慣れた顔が新八たちを出迎えた。
「島田!」
島田魁――元新選組二番組伍長。心形刀流の遣い手であり、新選組二番隊では組長である新八と共に剣を振るった。新八とは新選組結成前からの旧知の間柄である。
「お前がいるってことは、まさか?」
周囲を探るように新八の視線が動く。
「土方さんは屋敷の中だ。今頃酒でも飲んでるんじゃないか」
「ちっ。いい気なもんだ。てめぇのせいでここが焼けちまったっていうのに」
言葉とは裏腹に新八の表情は明るかった。
「矢田も息災だったか?」
島田は、新八や宇八郎と共にいる矢田に声を掛けた。矢田賢之助――。彼も元新選組隊士で、新八と共に近藤、土方たちと袂を分かっていた。矢田は軽く頭を下げた。これに笑顔で答えた島田は、周囲に視線を巡らせると新八に尋ねた。
「左之助は?」
「あいつとは山崎宿で別れた。江戸に向かったらしい」
「そうか……。また一緒に戦えると思っていたんだがな」
しみじみと語る島田。思い出したように新八に尋ねた。
「土方さんには会ったか?」
またか――。少々辟易する新八。
「いや。昼間見かけて、一瞬目があったが何も」
「今や土方さんはこの軍の参謀。新選組で言えば副長だ。また鬼の副長の元で働くことになったな」
「それを言うな。虫唾が走る」
そういう新八の表情は、やはり言葉の中身とは相反していた。ふと、新八の表情が厳しくなった。
「それで、近藤さんは?」
「分からない。俺たちが宇都宮を攻めたとき、城で指揮していたのは近藤さんを捕らえた奴だったらしい。そのせいか、昨日の土方さんはすごかった。尻込みする味方の兵を斬ってまで突撃していったんだからな。だが、今一歩のところで取り逃がしてしまった」
島田の表情が曇った。
「そのことが、かえって近藤さんの立場を悪くしてしまったかもな……」
呟くように言葉を発した新八の表情も曇っていた。
「捨てた仲間が気になるか?」
その場の雰囲気を察したかのように、島田が努めて明るく尋ねた。
「うるせえ」
言い放った新八に宇八郎が近づき、新八と島田が話し込んでいる間に米田から受けた指示を伝えた。
「俺たちは、これから幕田に向かう。お前と無駄口叩いている暇はねぇんだ」
「土方さんに会っていけよ」
島田が尋ねた。
「こんな焦げ臭え所に長居したら、頭が痛くなっちまう。あいつに言っとけ! 『てめぇのせいだ!』ってな」
口元を緩めながら言うと、島田に背中を向け、左手を上げながら歩き出した。




