第10話 選択の時
「君は榎田正一君だね?」
「はい? 榎田俊一ですけど」
黒縁メガネのマッチョマンがおもむろに立ち上がると、ペスカトーレのタレを口の周りに付けたまま話しかけてきた……。
「すまない、ここは我々の創造した世界。バグフィックス中に手違いで君を巻き込んでしまったようだ」
「ッ! その声……まさか貴方は【ブルプラ】のディレクターさんですかッ⁉」
何度も見返したブルプラのプロモーション動画で耳にした、懐かしい声だった。
「その問いに答える事は出来ない。機密だ」
タレで赤く染まった唇のマッチョマンは悲痛な表情を浮かべている……。そして黒いスーツの胸ポケットから二つの棒付きキャンディを取り出し、僕に手渡した。
「青色のソーダキャンディと赤色のイチゴキャンディ?」
やや毒々しい鮮やかな色のキャンディだ。
「青のキャンディを舐めると君はこの世界、筋肉の惑星の住人となり死ぬまでここで暮らす事になる。赤のキャンディを舐めると元の世界、地球に帰ることが出来る。さぁ、選びなさい」
「そんな……。そんな事って……」
困惑してしまった僕を取り囲むマッチョマンの皆さんは、肉壁のように固唾を飲んで見守ってくれている。
『エノ……。何処かに行っちゃうの? 嫌だよっ。あたし……もっと一緒にいたいッ‼』
ロッテは涙ぐんで僕の後頭部にギュッとしがみついてしまった。
「エノ、君には帰るべき場所が在る様だな。迷う事は無い。自らの肉体を信じ、進めば良い」
アイアンさんの瞳は、揺るがず真っ直ぐに僕を見つめている。
「行きなさい。エノ君。誰かの為じゃない。あなた自身の筋肉の為に!」
マリアさんは震えるように声を絞り出す。
僕の頭の中を、この筋肉の惑星で過ごした辛くも楽しい珍妙な日々の思い出が、走馬灯のように駆け巡った!
ような気がした!




