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『君を忘れた僕が、君を愛する理由』  作者: 月城 リョウ


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6/6

第6章:それでも

### 1


それから、3ヶ月が経った。


透は倉庫の仕事を続けていた。


毎日、重い荷物を運ぶ。単純作業。でも、透はそれが嫌いではなかった。


身体を動かしていると、頭が空っぽになる。


余計なことを考えずに済む。


仕事が終わると、透は美月と会った。


カフェで、公園で、時には美月のアパートで。


2人は他愛もない話をした。


仕事のこと、天気のこと、テレビで見たニュースのこと。


平凡な日常。


でも、透にとって、それが何より大切だった。


---


### 2


ある日、透は美月と海に行った。


平日の午後。人は少なかった。


2人は砂浜を歩いた。


「ねえ、透くん」


美月が言った。


「記憶を買い戻すこと、考えてる?」


透は首を横に振った。


「いえ。もういいです」


「本当に?」


「はい」


透は美月を見た。


「俺、過去の記憶よりも、今の記憶の方が大切なんです」


美月は微笑んだ。


「…そっか」


透は続けた。


「美月さんと過ごす今。それが、俺にとって一番大事な記憶です」


美月は透の手を握った。


「私も」


2人は波打ち際を歩いた。


---


### 3


夕暮れ時、2人はベンチに座った。


海を見ながら、並んで座る。


美月は透の肩に頭を預けた。


「透くん」


「何ですか?」


「私ね、ずっと思ってたの」


美月は静かに言った。


「あなたが記憶を売ってから、毎日考えてた。もう会えないんだって」


透は黙って聞いていた。


美月は続けた。


「でも、諦められなかった。だから、あなたを探した」


「…ごめんなさい」


「謝らないで」


美月は顔を上げた。


「私は後悔してない。あなたを探して、良かった」


透は美月を見つめた。


「…ありがとう」


美月は笑った。


「こちらこそ」


---


### 4


透はふと尋ねた。


「美月さん。俺が記憶を売らなかったら、俺たちはどうなってたと思いますか?」


美月は少し考えた。


「…わからない。でも、たぶん別れてたと思う」


透は目を見開いた。


「え?」


「だって、あの時の私たち、うまくいってなかったから」


美月は海を見た。


「あなたはお母さんの介護で疲れてて、私はあなたを支えられなくて。お互い、すれ違ってた」


透は何も言えなかった。


美月は続けた。


「でも、あなたが記憶を売って、また会えて。今度は、ちゃんと向き合えてる」


美月は透を見た。


「だから、これで良かったのかもしれない」


透は微笑んだ。


「…そうですね」


---


### 5


夜、透は一人でアパートに戻った。


ベッドに横になり、天井を見つめた。


スマートフォンが鳴った。


画面には「神代蒼」の名前。


透は電話に出た。


「もしもし」


「柊さん。久しぶりです」


蒼の声がした。


「神代さん。どうしたんですか?」


「少し、話したいことがあって」


透は起き上がった。


「…何ですか?」


蒼は少しだけ間を置いた。


「あなたの記憶を、返します」


---


### 6


透は息を呑んだ。


「…記憶を?」


「ええ。あなたが売った記憶データを、無償で返却します」


透は混乱した。


「どうして、急に…」


蒼は答えた。


「私は、あなたの記憶から"愛"を学びました。でも、それは偽物でした」


透は黙って聞いた。


蒼は続けた。


「本物の愛は、もっと複雑で、醜くて、それでも美しい。私はそれを、あなたから教わりました」


「…」


「だから、もう必要ありません。あなたの記憶は、あなたのものです」


透は少しだけ考えた。


そして、静かに言った。


「…いりません」


蒼は驚いた様子だった。


「え?」


「俺、もう過去の記憶はいらないんです」


透は窓の外を見た。


「今の記憶の方が、大切だから」


蒼は黙った。


そして、小さく笑った。


「…そうですか」


「はい」


透は続けた。


「でも、ありがとうございました。あなたのおかげで、俺は前に進めました」


蒼は答えた。


「…どういたしまして」


電話が切れた。


透はスマートフォンを置いた。


そして、静かに微笑んだ。


---


### 7


翌日、透は美月に蒼からの連絡を話した。


「記憶を返すって言われたんです」


美月は驚いた。


「本当に?」


「はい。でも、断りました」


美月は透を見た。


「…どうして?」


透は答えた。


「過去の記憶よりも、今の記憶の方が大切だから」


美月は目に涙を浮かべた。


「透くん…」


透は美月の手を握った。


「美月さん。俺、過去の自分がどんな人間だったか知りました。最低で、弱くて、人を傷つける人間でした」


透は美月を見つめた。


「でも、今の俺は違います。今の俺は、あなたを大切にできる」


美月は涙を流した。


「うん」


透は美月を抱きしめた。


「これからも、ずっと一緒にいてください」


美月は透の胸で頷いた。


「…うん」


---


### 8


それから、また時間が流れた。


透と美月は、小さなアパートで一緒に暮らし始めた。


透は倉庫の仕事を続け、美月はカフェで働いた。


2人の生活は平凡だった。


朝起きて、仕事に行って、夜帰ってくる。


一緒にご飯を食べて、テレビを見て、たまに喧嘩をして。


でも、それが幸せだった。


---


ある夜、透は美月に尋ねた。


「美月さん。俺のこと、愛してますか?」


美月は笑った。


「何、急に」


「いや、なんとなく」


美月は透の顔を見た。


「愛してるよ。当たり前でしょ」


透は微笑んだ。


「…ありがとう」


美月は透の手を握った。


「透くんは? 私のこと、愛してる?」


透は頷いた。


「はい。心から」


美月は嬉しそうに笑った。


「良かった」


---


### 9


透はふと思った。


記憶を失って、良かったのかもしれない。


もし記憶を失わなければ、自分は変われなかった。


過去の自分に縛られたまま、美月を傷つけ続けていたかもしれない。


でも、記憶を失ったことで、透は"新しい自分"になれた。


過去に囚われない、今を生きる自分に。


透は美月の寝顔を見つめた。


穏やかな表情。


透は静かに微笑んだ。


「ありがとう、美月さん」


透は呟いた。


「俺を、愛してくれて」


---


### 10


翌朝、透は目を覚ました。


美月はまだ眠っていた。


透はそっとベッドを出て、窓を開けた。


朝の空気が、部屋に流れ込んできた。


透は深呼吸をした。


そして、空を見上げた。


青い空。


透は思った。


人は、記憶で作られているのではない。


今、この瞬間の選択で作られている。


過去がどうであれ、今をどう生きるか。


それが、人を決める。


透は微笑んだ。


そして、キッチンに向かった。


美月のために、朝食を作ろうと思った。


---


### 11


美月が目を覚ました時、部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。


「おはよう、美月さん」


透がエプロン姿で笑った。


美月は目を丸くした。


「透くん、朝ご飯作ってくれたの?」


「はい。たいしたものじゃないですけど」


テーブルには、トーストとスクランブルエッグ、サラダが並んでいた。


美月は嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


2人はテーブルに座った。


「いただきます」


2人は笑顔で食事を始めた。


窓からは朝日が差し込んでいた。


---


透は思った。


これが、自分の人生だ。


記憶を失っても、過去を失っても。


今、ここにいる自分が、愛する人と一緒にいる。


それだけで、十分だった。


透は美月を見た。


美月も透を見て、微笑んだ。


「どうしたの?」


「いえ、何でも」


透は笑った。


「ただ、幸せだなって思って」


美月は優しく微笑んだ。


「私も」


---


### 12


物語は、ここで終わる。


柊透は記憶を失った。


大切な人との3年間を、売り払った。


でも、彼は新しい記憶を手に入れた。


愛する人と、もう一度出会い、もう一度恋をした。


記憶が人を作るのではない。


今、この瞬間が人を作る。


透はそれを、心から信じることができた。


---


そして、2人の新しい物語が、始まった。


--


## 【完】


**『君を忘れた僕が、君を愛する理由』**


記憶を売った男と、愛を覚えている女の物語。


過去を失っても、人は愛せる。


今、この瞬間を大切にすれば。

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