第5章:真実
### 1
透は蒼の前で、立ち尽くしていた。
「…俺が、記憶を改竄した?」
「そうです」
蒼は淡々と答えた。
「あなたは違法な記憶改竄業者に依頼し、美月さんとの記憶を美化した。そして、それを800万円で売った」
透は頭を抱えた。
「なんで…なんで俺は、そんなことを」
蒼は立ち上がった。
「それを知りたいなら、最後の記憶を見るしかありません」
透は蒼を見た。
「最後の記憶…?」
「ええ。あなたが売らなかった、たった一つの記憶です」
蒼はモニターを指差した。
「これを見れば、全てがわかります」
透は震えた。
「…どんな記憶ですか?」
蒼は答えた。
「記憶を改竄した理由。そして、あなたと美月さんの"本当の別れ"です」
---
### 2
蒼はキーボードを叩いた。
モニターに、新しいデータが表示される。
**【記憶データ: 柊透 - 未売却】**
**【期間: 2022年8月15日】**
**【内容: 記憶改竄業者との取引】**
透は息を呑んだ。
「これが…」
「あなたが隠した記憶です」
蒼はボタンを押した。
「では、見ましょう」
---
### 3
映像が流れ始めた。
薄暗い部屋。
透は机の前に座っている。
向かいには、中年の男が座っていた。
「記憶の改竄ですね」
男は透に書類を見せた。
「料金は200万円。元の記憶を美化し、感動的な物語に仕立て上げます」
透は黙って書類を見ていた。
男は続けた。
「お客さんの記憶…恋人との3年間ですね。現状だと、300万円程度でしか売れません」
「…それが、改竄すれば?」
「800万円は固いでしょう」
透は目を見開いた。
「800万…」
「ええ。感動的な愛の物語は、高値で売れます」
男は透を見た。
「どうします?」
透は黙った。
そして、静かに言った。
「…お願いします」
---
映像が止まった。
透は呆然としていた。
「俺…金のために、記憶を改竄したのか」
蒼は頷いた。
「そうです。借金を返すために、少しでも高く売ろうとした」
透は拳を握った。
「最低だ…」
蒼は画面を見た。
「でも、これだけではありません。続きがあります」
---
### 4
映像が再び流れた。
透は業者の男に尋ねた。
「改竄した記憶…バレませんか?」
男は笑った。
「大丈夫ですよ。購入者には、これが"本物"だと信じ込ませます」
「でも、元の持ち主である俺には…」
「あなたも、改竄後の記憶を"本物"だと思い込むように調整します」
透は目を見開いた。
「…どういうことですか?」
「つまり、あなた自身も"美化された記憶"を信じるようになるんです」
男は透を見た。
「そうすれば、罪悪感も消えます。あなたは本当に美月さんを愛していたと、心から信じることができる」
透は黙った。
男は続けた。
「ただし、一つだけ副作用があります」
「副作用…?」
「改竄した記憶を売ると、元の記憶も一緒に消えます。つまり、あなたは美月さんとの3年間を、完全に忘れることになる」
透は息を呑んだ。
「全部…忘れる?」
「ええ。でも、それでいいんじゃないですか? 辛い記憶も、全部消える」
男は笑った。
「そして、あなたは借金から解放される」
透は黙って考えた。
そして、静かに言った。
「…わかりました。お願いします」
---
映像が止まった。
透は顔を覆った。
「俺…全部わかってて、記憶を売ったのか」
蒼は静かに答えた。
「そうです。あなたは意図的に、美月さんとの記憶を消した」
透は涙が溢れそうになった。
「なんで…なんで俺は」
蒼は透を見た。
「まだ続きがあります。最後まで見ましょう」
---
### 5
映像が流れた。
透は業者の部屋を出た。
夜の街を歩く。
そして、美月のアパートに向かった。
インターホンを押す。
「…透くん?」
美月が出てきた。
透は美月を見つめた。
「美月さん。話があります」
2人は部屋に入った。
---
透は美月に言った。
「記憶を売ることにした」
美月は顔を青ざめた。
「…本当に?」
「ああ。800万で売れる」
美月は涙を流した。
「なんで…なんでそんなことするの?」
透は冷たく答えた。
「借金を返すためだ」
「他に方法があるでしょ!」
「ない」
透は美月を見た。
「俺は、もう疲れたんだ」
美月は透の手を握った。
「お願い。やめて。私との記憶を売らないで」
透は手を振りほどいた。
「もう決めたんだ」
美月は泣き崩れた。
「…私のこと、愛してないの?」
透は黙った。
そして、静かに言った。
「…愛してるよ。でも、それだけじゃどうにもならない」
美月は透を見上げた。
「じゃあ、私はどうすればいいの? あなたが私を忘れたら、私はどうすればいいの?」
透は答えなかった。
美月は叫んだ。
「答えてよ!」
透は背を向けた。
「…ごめん」
そして、部屋を出た。
美月の泣き声が、背中に突き刺さった。
---
映像が止まった。
透は涙を流していた。
「俺…美月さんを、見捨てたんだ」
蒼は静かに答えた。
「そうです。あなたは彼女を愛していた。でも、自分の方が大事だった」
透は顔を覆った。
「最低だ…」
蒼は続けた。
「でも、これで終わりではありません。まだ、最後があります」
---
### 6
映像が流れた。
記憶を売った翌日。
透は自分のアパートにいた。
美月との記憶は、もう消えていた。
透は空っぽになった頭で、ぼんやりと天井を見つめていた。
そして、スマートフォンが鳴った。
画面には「美月」の名前。
透は電話に出た。
「もしもし」
「…透くん」
美月の声は、泣いていた。
「覚えてる? 私のこと」
透は首を傾げた。
「…誰ですか?」
電話の向こうが、静かになった。
そして、美月は言った。
「…そっか。もう、忘れちゃったんだ」
透は混乱した。
「あの、どちら様ですか?」
美月は笑った。
でも、その笑い声は泣いていた。
「ごめんね。間違えました」
そして、電話が切れた。
---
映像が止まった。
透は震えていた。
「…美月さん」
蒼は透を見た。
「これが、あなたと美月さんの"本当の別れ"です」
透は涙が止まらなかった。
「俺…なんてことを」
蒼は立ち上がった。
「柊さん。これが真実です。あなたは美月さんを愛していた。でも、自分を守るために、彼女を犠牲にした」
透は顔を覆った。
蒼は続けた。
「そして、美月さんは今もあなたを愛している。あなたが彼女を忘れても、彼女はあなたを忘れなかった」
透は蒼を見た。
「…俺、どうすればいいんですか?」
蒼は答えた。
「それは、あなたが決めることです」
---
### 7
透は施設を出た。
夜の街を、当てもなく歩いた。
頭の中が、混乱していた。
自分は最低の人間だった。
美月を愛していたのに、彼女を捨てた。
金のために、記憶を売った。
透は立ち止まった。
そして、空を見上げた。
「…美月さん」
透は呟いた。
「俺、どうすればいいんだろう」
---
### 8
透は美月のアパートに向かった。
インターホンを押す。
「…透くん?」
美月が出てきた。
透は美月を見つめた。
そして、土下座をした。
「ごめんなさい!」
美月は驚いた。
「透くん、何を…」
「俺、全部思い出しました。本当の記憶を」
透は頭を上げた。
涙が流れていた。
「俺、最低でした。あなたを愛していたのに、あなたを捨てた。金のために、記憶を売った」
美月は黙って透を見ていた。
透は続けた。
「俺には、あなたに許してもらう資格はありません。でも、一つだけ言わせてください」
透は美月を見つめた。
「今の俺は、あなたを愛しています。記憶がなくても、過去を失っても、今の俺は心からあなたを愛しています」
美月は涙を流した。
透は立ち上がった。
「だから、もう一度チャンスをください。今度こそ、ちゃんとあなたを大切にします」
美月は何も言わなかった。
ただ、涙を流し続けた。
そして、静かに言った。
「…バカ」
美月は透を抱きしめた。
「バカ、バカ、バカ!」
透は美月を抱きしめ返した。
「ごめん…」
美月は透の胸で泣いた。
「許さないから。絶対、許さないから」
透は微笑んだ。
「…わかってる」
美月は顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃだった。
でも、笑っていた。
「でも、もう一度だけチャンスあげる」
透は頷いた。
「ありがとう」
2人は抱き合った。
---
### 9
翌日、透は神代蒼に会った。
「全部、話しました」
透は蒼に言った。
「美月さんに、本当のことを」
蒼は微笑んだ。
「そうですか」
透は蒼に頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、真実を知ることができました」
蒼は首を横に振った。
「私は自分の興味のために協力しただけです。礼を言われる筋合いはありません」
透は顔を上げた。
「それでも、感謝しています」
蒼は透を見た。
「柊さん。一つ、聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「あなたは今、美月さんを愛していますか?」
透は頷いた。
「はい。心から」
蒼は少しだけ考えた。
「…そうですか」
蒼は窓の外を見た。
「私は、あなたの記憶を買って"愛"を知りました。でも、それは偽物の愛でした」
透は黙って蒼を見た。
蒼は続けた。
「本物の愛は、もっと複雑で、醜くて、それでも美しい。そういうものなんですね」
蒼は透を見た。
「あなたを見ていて、わかりました」
透は微笑んだ。
「…あなたも、いつか本物の愛を見つけられるといいですね」
蒼は少しだけ笑った。
「そうですね。いつか」
---
### 10
透は施設を出た。
青空が広がっていた。
透は深呼吸をした。
そして、スマートフォンを取り出した。
美月に電話をかけた。
「もしもし、透くん?」
美月の声が聞こえた。
「美月さん。今から会えますか?」
「うん。いいよ」
透は微笑んだ。
「じゃあ、いつもの公園で」
「わかった。待ってるね」
電話を切った。
透は歩き出した。
過去は変えられない。
でも、未来は変えられる。
透は、それを信じることにした。
---
### 11
公園に着くと、美月が待っていた。
「透くん!」
美月は笑顔で手を振った。
透は駆け寄った。
そして、美月の手を握った。
「美月さん」
「何?」
透は美月を見つめた。
「これから、一緒に新しい記憶を作りましょう」
美月は微笑んだ。
「うん」
2人は手を繋いで、公園を歩き出した。
空は青く、風は穏やかだった。
透は思った。
記憶がなくても、過去を失っても、人は愛せる。
今、この瞬間を大切にすれば。
透は美月の手を、強く握った。
美月も、握り返してくれた。




