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『君を忘れた僕が、君を愛する理由』  作者: 月城 リョウ


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3/6

第3章:記憶を買った男

1

透は、記憶売買について調べ始めた。


仕事の合間、休憩時間、夜遅くまで。スマートフォンで検索し、図書館で資料を読み漁った。


**記憶の改竄技術。**


それは、違法だった。


記憶売買法では、記憶データの改竄は重罪とされている。しかし、闇市場では横行していた。


高額で売るために、記憶を「美化」する。


悲しい記憶を「感動的」に変える。


平凡な恋愛を「運命の愛」に仕立て上げる。


透は資料を読みながら、背筋が寒くなった。


もし、自分が売った記憶が改竄されていたら?


もし、美月との3年間が、本当は違う形だったら?


透は拳を握った。


---


### 2


透は再び、神代蒼に連絡を取った。


今度は直接、神代グループの本社に向かった。


高層ビル。ガラス張りのエントランス。受付で名前を告げると、すぐに通された。


エレベーターで最上階へ。


扉が開くと、そこは社長室だった。


広い部屋。大きな窓。そして、窓際に立つ神代蒼。


「また来たんですね、柊さん」


蒼は振り向いた。


「記憶を返してくださいと、また懇願しに?」


「いえ」


透は首を横に振った。


「俺が売った記憶…それが本物かどうか、確かめたいんです」


蒼は興味深そうに透を見た。


「なるほど。気になりましたか」


「教えてください。俺が売った記憶は、改竄されていましたか?」


蒼は笑った。


「さあ、どうでしょう」


「教えてください!」


透は声を荒げた。


蒼は透を見つめた。


「…座りなさい」


---


### 3


2人は向かい合って座った。


蒼はコーヒーを淹れ、透に差し出した。


「柊さん。あなたは記憶売買の仕組みを、どこまで知っていますか?」


「…一般的なことしか」


「では、教えてあげましょう」


蒼はコーヒーを一口飲んだ。


「記憶売買には、3つの段階があります」


「3つ?」


「まず、記憶の抽出。これは合法です。脳スキャンで記憶をデータ化する」


蒼は指を立てた。


「次に、記憶の査定。感情の強さ、鮮明さ、希少性などで価格が決まる」


「それも、合法ですか?」


「ええ。そして最後が、記憶の販売」


蒼は透を見た。


「ここで、違法行為が起きる」


透は息を呑んだ。


「記憶を売る前に、"調整"する業者がいるんです」


「調整…?」


「記憶を美化し、感動的に仕立て上げる。そうすれば、高く売れる」


蒼は笑った。


「あなたの記憶も、その一つです」


---


### 4


透は言葉を失った。


「…俺の記憶は、改竄されていた?」


「ええ」


蒼はあっさりと認めた。


「あなたが売った記憶は、元の記憶を"美化"したものです」


透は拳を握った。


「じゃあ、美月さんとの3年間は…」


「本当は、もっと平凡だったんでしょうね。喧嘩もあった、すれ違いもあった。でも、それらはすべて削除され、"美しい愛"だけが残った」


蒼は透を見つめた。


「それが、私が買った記憶です」


透は頭を抱えた。


「じゃあ、俺が美月さんを愛していたのは…嘘だったんですか?」


「嘘ではありませんよ」


蒼は首を横に振った。


「愛していたのは事実でしょう。ただ、その"形"が違っていた」


透は蒼を見た。


「…本当の記憶は、どこにあるんですか?」


蒼は立ち上がった。


「それは、あなた自身の中にあります」


---


### 5


「記憶を売っても、完全には消えません」


蒼は窓の外を見た。


「脳の奥底に、断片が残る。それを"記憶の残滓"と呼びます」


「記憶の残滓…」


「ええ。夢の中で見る光景、デジャヴ、なんとなく感じる違和感…それらはすべて、記憶の残滓です」


蒼は透を見た。


「あなたも、感じているはずです」


透は息を呑んだ。


確かに、美月と会ってから、何度も違和感を覚えていた。


彼女の言葉に、どこか"嘘"があるような気がしていた。


「…どうすれば、本当の記憶を思い出せますか?」


「簡単です」


蒼は微笑んだ。


「記憶の残滓を辿ればいい。あなたが売った記憶と、現実の記憶のズレを探すんです」


「ズレ…?」


「そう。改竄された記憶には、必ず"矛盾"があります。それを見つければ、本当の記憶に辿り着ける」


透は立ち上がった。


「…ありがとうございました」


蒼は透を見送った。


「柊さん。一つ忠告を」


透は振り向いた。


「真実を知ることが、必ずしも幸せとは限りません」


透は何も言わずに、部屋を出た。


---


### 6


透は美月に会った。


いつもの公園。いつものベンチ。


でも、今日は違っていた。


透は美月を見つめた。


「美月さん。一つ、聞いてもいいですか?」


「…何?」


「俺たちが付き合っていた3年間。本当に、幸せでしたか?」


美月は目を伏せた。


「…どうして、そんなことを?」


「神代蒼に聞いたんです。俺が売った記憶は、改竄されていたって」


美月の顔が、強張った。


「だから、聞きたいんです。本当の俺たちは、どうだったのか」


美月は黙っていた。


透は続けた。


「俺は、本当にあなたを愛していましたか? それとも…」


「やめて」


美月は顔を上げた。


目に、涙が浮かんでいた。


「それ以上、言わないで」


「美月さん…」


「お願い。もう、掘り返さないで」


美月は立ち上がった。


「私、帰る」


透は美月の腕を掴んだ。


「待ってください。俺は、真実が知りたいんです」


「真実なんて、知らない方がいいのよ!」


美月は叫んだ。


透は手を離した。


美月は涙を拭った。


「…ごめん。でも、これだけは言わせて」


彼女は透を見た。


「あなたが売った記憶は、偽物かもしれない。でも、私の記憶は本物。私はあなたを愛していた。それだけは、嘘じゃない」


美月はそう言って、去っていった。


透は一人、ベンチに座った。


---


### 7


その夜、透は夢を見た。


カフェ。


賑やかな店内。


透は窓際の席に座っている。


ノートパソコンを開いて、何かをデザインしている。


「お待たせしました」


声がした。


振り向くと、美月がいた。


エプロン姿。笑顔。コーヒーを運んできた。


「いつもありがとうございます」


美月がそう言った。


透は笑顔で答えた。


「こちらこそ」


美月は少し照れたように笑った。


そして、透の手元を見た。


「素敵なデザインですね」


「ありがとう」


透は画面を見せた。


美月は目を輝かせた。


「わあ…本当に綺麗」


2人は笑い合った。


---


そこで、夢が途切れた。


透は目を覚ました。


汗をかいていた。


透は天井を見つめた。


**あれは、記憶だ。**


本当の記憶だ。


改竄されていない、自分の記憶。


透は起き上がった。


そして、ノートに書き留めた。


**カフェでの出会い。美月の笑顔。デザインの仕事。**


透は続けた。


もっと思い出さなければ。


本当の自分を。


本当の美月を。


そして、本当の3年間を。


---


### 8


翌日、透は再び神代蒼に会った。


「また来たんですね」


蒼は笑った。


「記憶の残滓、見つけましたか?」


「…はい。少しずつ、思い出しています」


透は蒼を見た。


「でも、もっと知りたい。あなたが持っている俺の記憶…それと、本当の記憶を照らし合わせたいんです」


蒼は興味深そうに透を見た。


「面白い提案ですね」


「協力してください」


「なぜ、私が協力しなければならないんですか?」


透は答えた。


「あなたも、真実が知りたいはずだから」


蒼は黙った。


透は続けた。


「あなたが持っている記憶が偽物なら、それは本当の"愛"じゃない。あなたは、偽物の感情を買ったことになる」


蒼は目を細めた。


「…それは、困りますね」


「だから、協力してください。本当の記憶を、一緒に探しましょう」


蒼はしばらく考えた。


そして、微笑んだ。


「いいでしょう。面白そうだ」


---


### 9


蒼は透を、神代グループの研究施設に連れて行った。


地下にある、巨大な施設。


そこには、記憶データを管理する装置が並んでいた。


「ここで、あなたの記憶を再生します」


蒼はモニターの前に座った。


「ただし、条件があります」


「条件?」


「あなたも一緒に見る。私があなたの記憶を見るとき、あなた自身も同時に体験する」


透は頷いた。


「わかりました」


蒼はキーボードを叩いた。


モニターに、データが表示される。


**【記憶データ: 柊透 × 佐々木美月】**

**【期間: 2019年7月〜2022年8月】**

**【売却価格: 800万円】**

**【改竄率: 38%】**


透は息を呑んだ。


「改竄率、38%…」


「ええ。かなり高い数値です」


蒼は透を見た。


「覚悟はいいですか?」


透は頷いた。


「お願いします」


蒼はボタンを押した。


---


### 10


映像が流れ始めた。


カフェ。


透は窓際の席に座っている。


美月がコーヒーを運んできた。


「お待たせしました」


透は笑顔で答えた。


「ありがとう」


---


ここまでは、夢で見たものと同じだった。


でも、次の瞬間。


---


美月が去ろうとした時、透は声をかけた。


「あの、すみません」


美月は振り向いた。


「はい?」


「…名前、聞いてもいいですか?」


美月は少しだけ驚いた顔をした。


そして、笑った。


「美月です。佐々木美月」


「美月さん…綺麗な名前ですね」


美月は照れたように笑った。


「ありがとうございます」


---


映像はそこで途切れた。


透は息を呑んだ。


「これが、俺の記憶…」


「そうです」


蒼は画面を見つめた。


「美しい出会いですね。運命的で、ロマンチックで」


蒼は透を見た。


「でも、これは"改竄後"の記憶です」


透は目を見開いた。


「じゃあ、本当は…?」


蒼はキーボードを叩いた。


「元のデータを再生します」


---


### 11


再び、映像が流れた。


カフェ。


透は窓際の席に座っている。


美月がコーヒーを運んできた。


「お待たせしました」


透は画面を見たまま、ぶっきらぼうに答えた。


「ああ」


美月は少し寂しそうに笑った。


そして、去ろうとした。


透は美月を見もしなかった。


---


映像はそこで途切れた。


透は呆然とした。


「…これが、本当の?」


「ええ。あなたは美月さんに、興味を持っていなかった。少なくとも、最初は」


蒼は画面を見た。


「改竄された記憶では"一目惚れ"だった。でも、本当は違った」


透は拳を握った。


「じゃあ、俺たちの出会いは…」


「平凡だったんですよ」


蒼は透を見た。


「でも、それが悪いことですか?」


透は何も言えなかった。


蒼は続けた。


「運命の出会いなんて、存在しない。ただ、人は後から"運命だった"と思い込むだけです」


蒼は立ち上がった。


「さあ、続きを見ましょう。あなたと美月さんの、本当の3年間を」


透は頷いた。


そして、再び画面を見つめた。

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