5-1 『私』探し
「すぐに昼食をお作りしますねぇ」
準備が出来たらお呼びしますぅ、そう言って台所へと消えていくのどかさん。その背中に分かったとそう返し、私は雪代華の部屋へと向かった。買ってきたばかりのノートの一冊を元の位置へと立てかける。そして残りの一冊を机の上へと開き、今日の外出を通じて気が付いたことを記入した。そう、気が付いたこと。これが今日の外出を行った、最たる理由だ。醒めないこの夢に関して、昨日思い付いた三つの可能性のその一つ。お互いの魂の転移。もし転移が起こっているのだとすれば、私は『私』に関する記憶を忘れているのだとそう仮定した。だから、今日はその『私』の記憶を、『私』に関する記憶のピースを何か見つけることが出来ればと、そう思い外出を試みたのだ。
収穫は、思いがけず沢山あった。気が付いた事柄、その一。性別について。おそらく、『私』の性別は女性だと推測される。外出を行うにつれて、私は今日、身支度を行った。この長い髪を一つに結び、女性物の下着を身に付け、そしてスカートを履いた。その際に私は、何一つ抵抗を覚えなかった。髪は綺麗に結え、下着の装着に苦戦することはなく、そしてスカートを履いての行動に違和感を覚えることがなかった。これらは、『私』が女性であることの証明になり得るのではないだろうか。
気が付いた事柄、そのニ。国籍について。こちらに関しては断定までには至らなかったが、おそらく『私』は日本人である可能性が、高い。少なくとも日本の文化に精通している人物であると考えては良いだろう。その根拠として、まず挙げられるのが言語だ。スーパーのフロアマップや商品の値札など、日本語で書かれたこれらを問題なく私は読み解くことが出来た。そして今、ノートに気付きを記入するのに私は日本語を用いている。無意識下の言語の選択。これは『私』が日常的に日本語を使用していたからではないだろうか。
『私』は日本人だ、と考える根拠は他にもある。室内では靴を脱ぐという文化や、食事の前後の頂きますとご馳走様の挨拶が身体に染み付いているということ。そして、何より私は今日小銭での買い物を行えた。『百花繚乱 八重咲学院』の舞台は現代日本だ。ゲーム内で買い物を行うシチュエーションは幾度もあるが、この場合の会計はワンボタンで終えてしまう。その為、私は今日ノートを購入するという名目で、現金を用いた買い物が出来るかどうかを確かめにスーパーへと赴いたのだ。
私は、日本人。日本人である、可能性が高い。
「私は、日本人の、女性」
そう口にして、噛み締める。たかが国籍、たかが性別。たかが、それっぽちの気付き。それでもそれは確かな、『私』への一歩だ。私が『私』足り得る一歩。ゲームに関する知識しか持ち合わせていない脳内に、初めて発生した光。良かった、とそう呟いてノートをぎゅっと抱きしめる。このまま順調に、『私』を形成するピースを探していくことが出来れば、記憶が戻る日はそこまで遠くないかもしれない。コンコンコンと三度響くノックオン。お嬢様ぁ、とそう声がする。
「お待たせしましたぁ」
昼食の準備が整いましたよぉ、と続いた声に私ははーいと口に出しながら、その場に立ち上がった。




