1-2 夢の話
「それでは、改めましてぇ」
いただきます、と私たちは手を合わせてそう食事の挨拶を告げた。チーズオムレツを一口サイズに切り分けて、口元へと運ぶ。ぱくり、と綺麗な黄色を口に含んだその瞬間、抱いた感想は『味がする』だった。そしてその次に感じるのは、確かに広がっていく『温かさ』。ゆっくりと咀嚼を繰り返しながら私は、その違和感を噛みしめていく。
焼き加減が絶妙なベーコン。決して分厚い訳ではないのに、しっかりと油の旨みを感じる。小さく千切ったバターロールは噛めば噛むほど甘みが増すよう。バターの香りがより一層、食欲を刺激する。サラダの野菜は新鮮で、フォークを刺すとその先からはシャキッとそんな音がした。鼻を抜けていくごま油の香りにふと、ドレッシングは自家製なんだ、とゲーム内での会話を思い出す。
「のどか、このドレッシングのレシピって…」
私の呼びかけにのどかさんはその双眸をきらりと輝かせると
「黄金比率、というものがありましてぇ」
そう口にして得意げにドレッシングのこだわりを話し始めた。どこか弾んだ様子のその声に、口いっぱいに広がる美味しさに、私はあぁ、良い夢だなとそう思う。何故だろう不思議と、こんなに穏やかな時間は随分と久しぶりな気がする。
「お、お嬢様ぁ?」
突然、小さく響いたその疑問符にあぁ、いやと私は答えた。
「大丈夫」
大丈夫だから、とそう続けて一度小さく鼻を啜る。じんわりと輪郭を歪めていく世界。ぽたり、と音を立てて机の上には小さな円が刻まれた。揺れる視界のその端に、差し込まれるのは柔らかな白。
「…ありがとう」
そう声に出しながらそのティッシュペーパーを一枚、手に取って頬を拭っていく。一瞬、鮮明さを取り戻した視界の先に捉えたのは、小さく眉を下げたのどかさんの姿だった。彼女の瞳と、私の瞳が重なる。心配げに揺れるその双眸に私はもう一度、先ほどよりも勢いよく、鼻から息を吸い込んだ。大丈夫だから、と気にしないでくれ、とそう声をかけようとした瞬間
「わ、ぷ」
突如、暗闇が私を襲った。視界を奪われたのと同時に、柔らかな熱を確かに感じ、あぁ私は今のどかさんに抱きしめられているのだと理解する。ぎゅっと、背中に回された腕。
「…のどか?」
私のその声に応えるように小さな呼吸音が響いた。お嬢様、と呼ぶ声が頭の少し上の方から聞こえてくる。
「なんとこのドレッシングに混ぜている、お酢にもこだわりがあるんですよぉ」
彼女の口から紡がれたのは、そんな言葉だった。
「この数年でわたし、厳選の限りを尽くしたんですぅ」
なんて、先ほどまでと何一つ変わらない、柔らかな口調で私に語りかけてくるのどかさん。その優しさに、感じる温かさに
「…うん」
うん、とそう小さく返しながら私は彼女の胸の中でその声に耳を傾け続けたのであった。
そこから少しして私たちは食事を再開した。お皿の上の料理を全て平らげ
「ご馳走様でした」
「お粗末様でしたぁ」
食事の終了を告げるやり取りを交わすその瞬間まで、彼女は一度も私に涙の理由を聞かなかった。机の上の食器を台所へと運び、それらを洗うためのスポンジへと手を伸ばした私に
「お嬢様ぁ?」
とそう声が掛けられる。
「わたしの仕事を奪う気ですかぁ?」
その不服さを表すかのように、小さく尖らされた唇。
「春休みももう後七日で終わっちゃうのですからぁ、やりたいことをするなら今の内ですよぉ」
そんな言葉と共に半ば強引に私は台所から追い出された。やりたいことかぁ、と考えた矢先に小さく欠伸が溢れ出る。ふぁ、と響いたその音に目敏く、惰眠を貪れるのだって、今の内だけですよぉ、なんて声が返ってきた。
「 お腹いっぱいの状態でふかふかのお布団でとる二度寝、最高ですよねぇ」
続いたのどかさんのそんな言葉に、私は咄嗟に良いのかなぁとそう思う。ちらりと向けた視線の先には、にこやかな笑みを浮かべるのどかさん。向けられたその微笑みに私は一度彼女の名前を呼ぶと
「ありがとう」
そう告げて、自室へと足を進めた。
ガチャリ、と扉を開けてそのまま真っ白なシーツの上へと横たわる。見慣れないその天井へと腕を伸ばして、指を折った。
「やり込んだゲームの世界」
好きなキャラクターとの会話、作り立てのご飯、穏やかな時間、そして
「ふかふかのお布団」
改めて、良い夢だったなと思う。夢の中で味や香りを感じたのは生まれて初めての体験だった。美味しかったな、と温かったな、と幸せだったなぁと、噛み締める。ぽすり、伸ばしていた腕をゆっくりと下ろした。肌触りの良い、シーツ。満たされた空腹と幸福感、そしておそらく泣いたことも作用したのだろう、心地の良い睡魔が私の身体を襲った。少しずつ、曖昧になっていく視界。途切れ途切れの意識の中、私はぼんやりと夢の中で眠るだなんて経験もこれが初めてのことだなぁ、なんてそんな風に考えた。




