幕間1 存在しない選択肢
ノートの購入、そして『私』探しを目的に、のどかさんと共にスーパーへ向かっているその道中。
「のどかは今日スーパーで、何を買う予定なの?」
あまりにも静かだと不自然に思われるかな、とそう思い、手に汗を握りながら会話を試みた私に、ちらり。のどかさんはその視線を向けると
「それは着いてからのお楽しみ、ですぅ」
そう言って、意味深に口角を小さく上げた。
スーパーに近付くにつれて、その香りは徐々に増していく。はためく数本の幟、遠目に見ても目立つ赤色のキッチンカー。甘く、香ばしい、その食べ物の名前は
「クレープ」
その通りですぅ、と弾んだ様子の声が響いた。のどかさんはメニュー表の貼られた看板の前へと近寄ると、そのままそっと私を手招く。
「このお店テイクアウトも行っていてぇ、本当は今日お買い物の後、お土産として持ち帰ろうと思っていたのですがぁ」
のどかさんは一度そこで言葉を切るとその目を自身の腕へと向けた。腕に巻かれた時計の針は現在十二時五分を指している。
「折角なのでぇ、先にここで頂いちゃいましょう」
そうしましょうと口にして名案だと思いませんかぁ?とのどかさんは私に問いかける。
「帰宅次第、軽い昼食を別で用意致しますねぇ」
そう言うのどかさんの視線は既に看板に釘付けだ。分かった、とそう了諾を響かせて私もそのメニュー表を見る。甘いものからしょっぱいものまで、ずらりと並ぶその品々にどうしよう、と私はそう思った。一応はある程度、雪代華の好みは把握している。好きなアイスの味はチョコミント、紅茶よりかは珈琲を好む傾向にある。のどかさんに合わせて食事を摂るため甘いものもよく口にするが、甘党というわけではない。幼少期、華の母がよく作ってくれていた固めのプリンが思い出の味。食に関するアレルギーはなく、特段大きな好き嫌いもない。
「お嬢様はどのクレープにされますかぁ?」
ひやり、と嫌な汗が流れた。看板へと目を向けたまま、どれにしようかなとそう口に出す。私が知っているこの情報を元に、どのメニューを選ぶのが最も雪代華らしいのだろうか。生憎このお店には、チョコミントのアイスを用いたメニューは存在しないようだ。じっと、私の答えを待つかのような視線が真っ直ぐ突き刺さる。あー、えっと、と呟きながら看板へと指を向け
「この、人気ナンバーワンって、書かれてるやつにしようかな」
私の取ったその選択に、お嬢様?、とそう声がした。ゆっくりと細められていく瞳に思わず、身体が強張る。目の前の唇が小さく動き
「期間限定のこちらのメニューを、選ばれないのですかぁ?」
まるで信じられないものを見るかのような表情で、そんな疑問が紡がれた。彼女が指差しているのは、期間限定と書かれた二つあるメニューの内のその一つ。春らしくふんだんに用いられた苺と、桜色の生クリーム。通常のものよりも小さめに作られた三色団子のその上に、煌びやかな金粉が舞っている。
「わたしはもう一つの期間限定メニューを、選ぶつもりでいたのですがぁ」
こちらの桜餅が添えられたクレープを選ぶつもりでいたのですがぁ、と今度はその指を隣のメニューへと向けるのどかさん。お嬢様、と彼女は私に呼び掛けると
「お嬢様とも、あろう方がぁ」
こちらのメニューを選ばれないのですかぁ?とそうもう一度、その疑問を響かせた。向けられた言葉に、視線に、表情に
「…それも、美味しそうだね」
私はそう何とか声を、絞り出す。起こしてしまった致命的なそのミス。動揺を隠しながら
「やっぱり、それに、しようかなぁ」
と軌道修正を試みるが、その声が震えていることには自分自身でも気が付いた。にっ、と硬い笑顔を作り出した私に、のどかさんはその瞳を向けたまま言う。
「流石ですぅ、お嬢様ぁ」
それではこの二つを注文して参りますねぇ、と私に告げてそのまま浮き足だった様子で店員へと声を掛けるのどかさん。その顔にあるのは満面の笑みだ。
「えぇ…?」
と思わずそう洩らした。あまりにも不細工な私の『平然としたフリ』に、目を瞑ってくれている…というわけではどうやらなさそうだ。彼女の優しさ、ではなく本気で私の動揺には勘付いていないよう。にこにことその口角を緩めながら、お嬢様ぁ、と私の元へ近寄ってくるのどかさん。
「完成まで五分ほど掛かるそうですぅ」
それまで木陰で待ちましょう、とそう言ってのどかさんは私の手を引いて歩く。
「後で一口ずつ、交換しましょうねぇ」
楽しみですねぇ、と弾む声。続いたその言葉にもしかして、と私の中にある一つの可能性が生まれた。これ私が最初に選んだ味が悪手だったのではなく、期間限定の二つの味をどうしても、のどかさんが食べてみたかっただけなのでは?なんて、抱いたその疑問に対する答えは、彼女の表情を見れば明確だった。
「美味しいですねぇ」
受け取ったその作り立てのクレープを口へと含み、ふにゃり、と微笑む彼女。浮かべられたその蕩けるような笑顔の何ともまぁ幸せそうなこと。
「そちらのお味はどうですかぁ?」
そう言ってきらきらと期待に膨らむ瞳を私へ向けるのどかさん。その双眸にまぁ、良いかと私も、ぱくり。手の中の温かな生地へと齧り付いたのであった。




