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5-2 『私』探し

 ノックの音へと向けて足を進めていくと、ふと、その容貌が私の目に映った。一度正面から鏡を覗き込み、あぁそう言えばと、思い出す。がちゃり、と扉を開けてリビングへと向かった。すでに配膳は済まされたようで、机の上にはサンドウィッチとスープが並んでいる。頂きます、と手を合わせ、中華スープをスプーンで掬った。こくり、と喉を潤して、その事柄について考えていく。今日私が気が付いた、最後のその事柄。それは、『私』の容姿についてだ。容姿について、と言っても何か大きな発見が特別あった訳ではない。当たり前、そう当たり前のことではあるのだけれど。『私』は雪代華のような、美貌は持ち合わせていなかった。その事実に、気が付いたのだ。

 銀製のスプーンに反射している、雪代華のその顔へと目を向ける。先ほどの鏡とは違い、ぐにゃりと本来の姿とは違う形で映り込む容貌。それでも、その、彼女の容姿は美しい。ゲーム内の彼女は、その生まれ持った美貌に無自覚。医者になるという夢を追うのに全力で、自身の容姿に関しては無頓着とも呼べる部分があった。ゲーム画面を通じて、決して映ることのなかった彼女のこの美貌。常識は、18歳までに身に付けた偏見のコレクションなのだと言う。写真で見かけた幼少期の彼女、そして鏡越しに目の合う十五歳の彼女。雪代華のその外見は十五年間、どの年代を切り取られても、美しいものだった。きっと雪代華にとってはあの光景こそが日常なのだ。誰もがその目を彼女へ向ける、思わず目を奪われる。ただ歩くそれだけで、彼女は注目を浴びる。十五年間、ずっと、そんな環境で生きてきた雪代華では、あの異常性には気が付けない。雪代華ではない私だからこそ、あの注がれる数多の視線に気付くことが出来たのだ。そしてそれはつまり、『私』にとってはあの光景は普通ではなかった、ということを指す。

 美人も大変なんだな、とそう他人事のように思いながらサンドウィッチを頬張った。ポテトサラダの間に、砕いたポテトチップスを混ぜているんですよぉ、とそう語るのどかさんにへぇ、そうなんだと言葉を返す。この世界で過ごして、ニ日目。未だ私はリビングに反響しているこの声さえ、私のものとは思えない。『私』が雪代華のような美貌を持ち合わせていなかった、その気付きがより一層、私は雪代華ではないという気持ちを強くする。違和感に気が付くことが出来た、その事実が『私』という人間の存在証明だ。あぁ改めて、外出を行って良かったなぁ、なんて。そう考えていると突如、ふふ、と小さな声が響いた。

「それほど、美味しかったですかぁ?」

 と優しく紡がれたそんな疑問に、え?と私はそう零す。私に向けてにっこりと、嬉しそうに微笑むのどかさん。

「お嬢様、今、とても笑顔なのでぇ」

 そんな彼女の言葉を聞いて、私はそっと自身の顔へと手を伸ばす。彼女の指摘によって、その時、私は初めて、自分が笑みを浮かべていることに気が付いた。


 少し遅めの昼食の後、昨日と同様、のどかさんと一緒に晩御飯の準備へと取り掛かった。晩御飯は肉じゃが、鮭のホイル焼き、五穀米、そしてお吸い物というラインナップ。この世界へ来て初の日本食だった。無事に箸を使いこなせたことから、益々『私』は日本人だという気持ちが強まる。夕食後は、明日の料理に使うとのことで、さやえんどうの筋取りを行った。お湯の張り終わりを告げる陽気な音楽が流れ、作業は一旦そこで終了。促されるまま、脱衣所へと向かった。お風呂場では変わらず薄目で過ごしたが、少し気持ちに余裕ができたのもあって、今日はしっかりと浴槽に浸かった。暖かなお湯へと身体を浸したその瞬間、力の抜けていくあの感覚を、久方振りに味わう。あぁ、生き返る、なんて思わず抱いた感想も、もしかすると日本人独特のものなのだろうかとそんな風に考えた。手早く着替えて、髪を乾かす。今日はまだリビングで寛いでいた彼女と

「それじゃあ、のどか、おやすみなさい」

「はぁい、おやすみなさいませぇ」

 そう言葉を交わし合い、雪代華の部屋へと向かう。こんなに、軽い足取りは、初めてだ。布団に包まり目を瞑る。ぐるぐると思考を巡らすことも、全身に嫌な汗を掻くこともなく、そのままゆっくりと眠りに落ちる。


 そして翌日、目を覚ました私は、絶望を迎えることになるのであった。

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