始まるアカデミー生活2
「武術の経験はあるものはいるか? 剣やなんかでもいい」
何人かの生徒が周りの様子をうかがうようにしながらそろそろと手を上げる。
一人、さっと手を上げたのはシホだった。
ちなみにキズクは手を上げなかった。
「では……」
「この人とやりたいです」
「えっ!?」
手を上げた中から二人選んで手合わせしてもらおうとモリワキは手を上げた生徒を見ていた。
シホは上げた手をそのままキズクに向ける。
思わぬご指名にキズクは驚いてしまう。
「しかし……」
モリワキは顔をしかめた。
キズクは手を上げていない。
経験者かどうかは知らないが、今キズクに前に出るつもりはなさそうなので無理矢理やらせるのも違うだろうと思った。
「彼は入試の実技で準優勝です」
「むっ? そう言えば……」
入試の実技を優勝とか準優勝とか言っていいのかさておき、最後まで残ったことはウソではない。
「結構動けるはずです」
「本当か?」
モリワキがキズクに視線を向ける。
「……多少は」
ここで誤魔化しても先生が調べればすぐに分かることである。
キズクは苦笑いを浮かべて小さく頷く。
「ふむ……どうだ、やってくれるか?」
シホのやる気は買いたいところである。
それにシホが実技を勝ち抜き、キズクも最後まで残っていたこともなんとなく思い出した。
「……分かりました」
乗り気ではないものの、断るような理由もない。
キズクは渋々了承した。
「ちゃんと安全には配慮する。ヘッドギアとグローブはつけてもらう。蹴り、投げ技もありだが寝技はなし。ある程度相手の状況を見て手加減するように」
キズクはヘッドギアを被り、グローブを身につける。
投げ技もありとは言っているが、分厚いグローブを身につけていては投げるのも厳しいだろうなと思った。
「にしても……」
なんで勝った方が負けた方に執着しているのだとため息をついてしまう。
「ほれ、頑張れよ」
一人じゃうまくグローブをつけられないのでケンゴに手伝ってもらった。
「ほどほどにやるよ」
振り返るとすでに準備を終えたシホが睨みつけるようにキズクのことを見つめている。
どこらへんがシホを刺激してライバル視されているのか、いまいち分からない。
「時間は三分。怪我しないように気をつけろよ」
「ただ素手での戦いは意外と分かんないぞ」
情けなく負けてやるつもりはない。
キズクはグッとガードを上げて構える。
「始め!」
手合わせが始まった。
始まりの合図と共にシホがキズクと距離を詰める。
シホのストレートをキズクはガードで受ける。
決して軽くはない。
けれども男と女という体格の差はあるのか、受けられないような重たい一撃ではない。
「こっちからもいくぞ!」
キズクは試すように軽くて速いパンチを繰り出す。
あんまり顔に当てたら周りの女子の非難を浴びそうだとは思いながらも、シホは素早くキズクのパンチをかわす。
「じゃあこれならどうだ!」
キズクはさらにキックも加える。
「隙あり!」
剣での勝負とは違う。
戦いの基礎になるとは言いながらも、やはりどうしてもシホの慣れ親しんだ戦いはできない。
キズクの方が力が強いことを分かっているシホは回避主体に立ち回っていた。
それを分かっているキズクは当てる気のないフェイクの攻撃を織り交ぜてシホの動揺を誘い、隙をついて脇腹を殴りつけた。
冷静に見えたシホの顔に焦りが浮かぶ。
「あっ……」
「俺は意外と素手の戦い、苦手じゃないんだ」
突き出されたシホのパンチをかわして腕を掴む。
グローブだと服を掴むのは難しいけれど、腕ぐらいならなんとかいける。
そのままグッとシホを引き寄せながら体を反転させ、シホを背負うようにしながら投げ飛ばす。
いわゆる一本背負いというやつである。
「うっ!」
「ほぅ……」
まさかグローブで投げ技を駆使してくるとは思わずモリワキは目を丸くする。
一応引いてあげたものの、シホはちゃんと受け身も取れずに叩きつけられる形となってしまった。
「そこまでだ! ウエスギ、大丈夫か?」
「ゲホッ……大丈夫です……」
覚醒者である以上体もそれなりに頑丈だ。
キズクの手加減もあったし、シホも背中が少し痛む程度で済んだ。
「何が役に立つか分からないものだな」
キズクはふぅと息を吐き出す。
素手で戦うスタイルでもない限り格闘技はあまりモンスターに対して有効ではない。
しかしモンスターと戦うだけが覚醒者でもない。
覚醒者における一般人を相手にする職業もある。
例えば警備員なんて仕事がある。
覚醒者の中では弱くとも一般人に比べれば覚醒者は強い。
暴れる一般人を制圧するような仕事もあったのだ。
そんな時にモンスターに使うような剣を人に向けるわけにはいかない。
となると素手で制圧する必要もあった。
そんな時に格闘技を習ったことがある。
仕事でもほとんど使うことがなかったけれども、体は多少動きを覚えていた。
「しかし……まずかったかな……」
シホに睨まれている。
別に恋人になりたいとか、そのような思いはない。
ただクラスメイトであるし打ち解けて友人関係ぐらいにはなりたいと思う。
だけどシホの様子じゃ難しそうだ。




