キズクが出来損ないと呼ばれた理由2
「これは……抗議いたしましょうか?」
キズクが隠すつもりもなく見ているので手元の書類が見えてしまった。
見事なんて言っていたので良い結果だろうと思っていたこともあった。
しかし内容を見てサカモトは顔をしかめた。
全ての項目がゼロになることなどまずあり得ない。
何かの間違いだろうとサカモトはキズクの顔を見る。
データの改竄、検査ミス、あるいは誰かの嫌がらせかもしれない。
「キズク様……?」
怒ってもよい結果が出ている。
なのにキズクはなんともないような顔をしている。
懐かしそうに目を細めるばかりで落ち込んでいるようにも怒っているようにも見えない。
「いいんですよ、サカモトさん」
キズクは笑って書類を封筒に戻す。
怒りしないし落ち込みもしない。
なぜなら親和性検査の結果がわかっていたから。
そして親和性検査がこうなる秘密も知っていたからである。
「これ、部屋に置いといてください」
「……分かりました」
サカモトはほんの少しだけ納得いっていないといった顔をしているが、キズク本人が怒っていないのに自分が怒ることでもない。
「ふぅむ……あのような結果あり得るのか?」
ノアもおかしいと首をひねる。
キズクに親和性がないだなんておかしな話だ。
だってキズクはリッカとノアと契約している。
リッカもノアもやや特殊なモンスターではあるものの、だからといって低い親和性で契約できるモンスターではない。
ノアにはわかる。
キズクには強い親和性がある。
少なくともゼロではない。
そもそもゼロならモンスターと契約なんてできないだろう。
「あり得るさ。間違った前提を元にしているからな」
「間違った前提……?」
「ああ。親和性ゼロ絶対理論ってのがあるのさ」
「しんわせーぜろぜったいりろん?」
リッカが首を傾げる。
「そうだよ。竹山っていう有名なモンスター学者が提唱した理論で、今の親和性検査はその理論を基礎に置いてる。だけど……その理論は間違ってるのさ」
「ふむ……どのような理論なのだ?」
「簡単に言えば、どんな人にでも絶対に合わないモンスターがいるっていう理論だよ」
魔力に置いては比較的優秀で、リッカとも契約していたはずのキズクが出来損ないと呼ばれて、カナトの攻撃の的になるのは親和性ゼロ絶対理論のせいであった。
「絶対に合わないモンスターがいる……つまりは親和性がゼロになるモンスターが確実に存在しているだろうってことなんだ。そして親和性の検査は絶対値ではなく、相対値でそれぞれの親和性を見ている。どこかに一番低い親和性がゼロになることを基本として、そこからどれだけ高いかで結果を見るんだ」
何かしらのモンスターとの親和性がゼロになると考える。
ゼロとなったところを基準として他のモンスターの親和性がどれだけ高いかが検査の結果として出てくる。
絶対値として高い低いではなく、ゼロとなるものと比較して数値が出るのだ。
ゼロから一高ければ親和性一。
ゼロから五高ければ親和性五となる。
長いことこの理論をベースとして親和性の検査が行われてきた。
しかしこの理論は間違っている。
「実は親和性の最低値がゼロにならない人もいるんだ」
近い将来に親和性ゼロ絶対理論は覆されることになる。
どのモンスターに対しても親和性がある広親和性と呼ばれる才能のある人が、一定数いることが判明するのだ。
これによって親和性の検査の結果が一気に揺らぐ。
例えば親和性が高くて二だと判断された人がいたとして、これまでの理論ならゼロと比較して二であった。
しかし最低値がゼロでないなら最高値も変わってくる。
最低値が一なら最高値は三、最低値が二なら最高値は四になるのだ。
あるいは全てがゼロというのも、全てが一かもしれないし五かもしれないといえる。
そしてキズクは全ての親和性が最高値であった。
将来的に相対値ではなく、絶対値で親和性を検査する方法も確立される。
それでもキズクの出来損ないと言われる状況は変わらなかった。
なぜなら新たな方法での検査結果はカナトによって握りつぶされていたからである。
リッカの記憶で全て知った。
キズクに実は才能があったこと、それをカナトが闇に葬ったことも。
「今回はこんな数字に騙されるつもりはないよ」
間違った数値でこれからも判断されることは気に食わない。
将来的にしっかりと新たな理論を提唱してくれる人が現れるが、それまで耐えるのも面倒である。
「あいつに結果握り潰されるのも嫌だしな」
今ならまだカナトは力を持っていない。
新たな検査が確立して結果が出るのが早いほどに、データが闇に葬られる可能性も低くなる。
「これもちょっとは考えなきゃな」
研究者の名前は分かっている。
上手くやれれば研究を早められるかもしれない。
「むしろ安心したよ。変わってないようでさ」
全てゼロということは親和性に変わりがないようだ。
変わらないならきっと回帰前と同じ高い親和性と見ていいだろう。
誰も知らないキズクの才能。
回帰前なら誰かに知ってほしかったかもしれないけれど、今回はまだ秘密でいいやとキズクは思ったのだった。




