アカデミー入学試験6
「くそっ……お前なんかに負けるかよ!」
キズクの攻撃をカナトは苦しそうな顔をしながらも防ぐ。
カナトも決して弱くはない。
回帰前には最後の最後までカナトは生き残っていた。
単純な強さというよりは強かさや逃げ足の速さ、周りを犠牲にすることも厭わない精神性があったのかもしれないが、なんの強さもなく生き延びることは難しい世界であった。
加えてカナトはキズクに勝つために努力もしていた。
カナトを見下して、いじめるためという歪んだ理由であるものの、大なり小なり努力をしていたことは否めない。
ただし真面目だったとは言い難い。
カナトの立場が完全に上になってからは、すっかり努力も怠るようになった。
努力し始めた者と努力を忘れた者。
その差はまだ小さい。
しかし確実に差はでき始めていた。
「ぐふっ!」
キズクの木剣がカナトの腹部を薙いだ。
仮に真剣だったらカナトの胴体が真っ二つになっていてもおかしくない一撃であった。
「あれ……?」
カナトを倒せたので結構満足。
しかしカナトを倒しても終わりではない。
振り返ったキズクが見たのはそれぞれ頭を押さえている女の子たちであった。
「勝者215番!」
「ええっ?」
215番はキズクの受験番号である。
つまりキズクが勝ったということになる。
「何があったんですか……?」
「ん? ああ、相打ちだよ」
キズクが審判に尋ねると、審判は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
キズクとカナトの横で、女の子同士の戦いも激しくなっていた。
女の子たちもあまり実力に大きな違いがなく、結局最後には相打ちで互いの剣が頭に当たったのだ。
二人だけだったらそのまま戦いを継続していたことだろう。
キズクが残っていたので女の子たちは相打ちで互いに勝ちで負けということになって、グループの中での勝者はキズクになったのである。
「……まあ、いいか」
納得の勝利ではない。
けれども勝ったキズクが納得いかないとわがままを言ってもしょうがない。
公的な試合でもないのだし、運が良かったと思っておくことにした。
「あー……」
最後の相手は氷華剣ことシホであった。
なんとなく分かってた。
冷たく鋭い剣、なんてことを言っていたけれど、まさしくその通りの圧倒的な実力を持っている。
勝てる気はしない。
ただやる前から諦めていては勝てるものもの勝てなくなる。
やるだけやってみようと剣を構える。
「あいつは誰だ?」
「知らない」
「ってことは有名な家のやつじゃないのか」
帰らず残って戦いを観戦している人も何人かいる。
シホのことは知っていても、キズクのことなんて知っている人はいない。
キズクが勝ち残ったことにざわめきが起きている。
勝ち残ったことに関して全体として運が良かったのはカナトのみならず、キズクにとっても同じである。
実際キズクよりも強そうな人は何人かいたけれど、上手く当たることなくここまで来れたのだ。
「来ないならこっちからいくよ」
剣をしっかり構えるキズクと対照的にシホはだらりと腕を下げたまま待ち構えていた。
それなのに隙が見当たらなくて攻められずにいた。
攻めあぐねるキズクを見て、シホの方から動き出す。
「はやっ……」
瞬く間にキズクと距離を詰めたシホは刀を振り下ろす。
キズクは木剣を使っているけれど、シホは木刀を手にしていた。
「へぇ、結構やるもんだな」
「まあ、あそこまで残ってるんだし、運だけってことはないでしょ」
キズクはレイカの攻撃をなんとか防御している。
スマートさはない。
ただ堅実で、レイカのスピードにも振り回されずに次に繋がるように上手く立ち回っている。
見学している男子生徒の二人はキズクの思わぬ善戦に感心していた。
「こんなもの?」
「うっ!」
ただ防げているというだけであり、反撃の糸口さえ見つけられない。
せめてグレイプニルでも使えたならと思うが、魔獣との契約スキルが反則になるかどうかも分からないので使えない。
「こんなものなら終わりに……」
「北形絆九さんはいらっしゃいますか!」
シホのまとう空気がさらに冷たくなり、ヤバいと思った瞬間だった。
バトルルームに教員が一人、飛び込んできた。
「なんですか?」
キズクもシホも同時に動きを止める。
あのまま戦っていたら負けていただろうなとキズクは思う。
「北形さんの魔獣が!」
「リッカとノアに? 何があったんですか?」
「来てください!」
「……俺の負けだ! 悪いな!」
負けるならちゃんと負けるべき。
どうせ戦っていても負けなのだからと負けを認めてキズクは教員についていく。
「ライコ!」
魔獣たちを集めた体育館で騒ぎは起きていた。
「リッカ!」
体育館にいる人や魔獣は少なかった。
負けた人は狩ることが許されているので、ほとんどが先に帰る。
キズクは最後まで残ったので、もう帰った人の方が多くなっている。
体育館の中で目立っているのはリッカの存在だ。
アカデミーの中ではできるだけ目立ちにくいように小さくなっていたのに、今は最大サイズになっている。
リッカは牙を剥き出し前足で他の魔獣を押さえつけている。
雷のようにギザギザした黒い模様を持っているトラの魔獣だった。




