閑話・リッカの色々2
「早いですね」
「暇だったから」
まだ訓練の時間には早いなとキズクは思った。
迎えに来ずとも訓練をサボることもない。
オオイシとの訓練はクレイゴーレムのゲートから戻ってきて以来久々だ。
基本的にはレイカがいない時にオオイシの訓練が入る。
アカデミーに行くことになってレイカの鍛錬にも力が入ってなかなかオオイシの番が回ってこなかったのである。
「オオイシさん、聞きたいことあるんですけどいいですか?」
「んん? 聞きたいこと? なんでも聞いて。答えるかは別だけどね」
オオイシはニコッと笑う。
なかなかめんどくさそうな人でもあるのだけど、嫌いにはなれない感じがある。
「オオイシさんは何者ですか?」
ずっと聞きたかった質問である。
よくよく考えればオオイシは不思議な存在だ。
そもそも剣術の名家である北形家と繋がりがあることから始まって、不思議な封印されたダンジョンのことも知っていた。
怪しいとは言わないが、なんだか謎の多い人である。
「何者と言われてもねぇ……難しい質問だよ? 逆に聞くけど何者って聞かれてなんて答える?」
「なんてって……」
そんなこと言われてもとキズクは困る。
「そうだろう? 何者って聞かれてもどう答えたらいいのか分からないよ」
オオイシは肩をすくめる。
何者だと聞かれても答えようがない。
「名前を答える? それとも僕のプロフィールでも語ろうか? でもそれは君の望む答えではないだろう? 何者か、聞きたいのはそうじゃないはずだ」
「確かにそうですね……」
そう言われてみればと納得する。
何者だという質問に対する答えは意外と難しい。
そもそも何者だという質問はかなり抽象的なものである。
真意として何を聞きたいのか相手に伝わりにくい。
その質問で単純に名前を問うているわけではないことは分かっている。
けれども、何者という言葉だけで相手が望む答えを返答することも難しい。
「質問はもっと具体的にだよ」
オオイシはキズクにウインクしてみせる。
「……じゃあ、オオイシさんはなぜあんなゲートのこと知ってたんですか?」
多少戦える駆け出しの覚醒者にピッタリなクレイゴーレムが出てくるゲート。
しかもたまたま出現したというものではなく、人里離れたところにある封印されていたゲートである。
なぜそんなものを知っていたのか、とても謎である。
光の玉で見た記憶ではオオイシはゲートの封印に関わっていないようでもあった。
「なぜ……か。それは教えてもらったからさ」
「教えてもらった……?」
「そう。ある人にね。その人は君のことを頼むってさ」
「誰がそんなこと……」
「それは秘密」
オオイシは唇に指を当てる。
おじさんがそんな仕草しても可愛くないなと少しだけイラッとする。
「そんな顔しないでくれよ。答えられることもあれば、答えられないこともあるのは普通だろ?」
「う……まあ、そうですね」
「きっとそのうち分かるよ。だけど一つ言えるのは……君のことを応援している人がいるってことさ」
オオイシにゲートのことを教えたのが何者なのかはわからない。
けれども、誰かがキズクのことを支援しようとしてくれているようだった。
「あとはリッカについては何か知ってるんですか?」
「君はどこまで知っている?」
「……リッカが伝説級の才能を秘めたフェンリルというモンスターなことは知っています」
キズクには回帰前の記憶もある。
リッカの正体をあまり気にしたことはなかったし、カナトに奪われて以来は気にしないようにもしていた。
だがカナトが狙うほどのモンスターなのだろうということは頭の片隅で考えていたこともあった。
ちゃんとした正体を知るのは、カナトがキズクに対して突っかかってポロッと口にした時だった。
フェンリルはキズクでも知っている伝説上の生き物だ。
伝説というか、神話と言ってもいいかもしれない。
「それだけ知ってるなら十分じゃないかな?」
「えっ?」
「君が何を知りたいのかは……ちょっと分からないな」
オオイシは肩をすくめる。
「リッカには何かがあるのかい?」
「あっ、いえ……」
光の玉のこととか封印との関係とか聞きたかったのだけど、オオイシは何も知らなそうだった。
「ただ……君を応援してくれている人なら何か知ってるかもね」
「その応援してくれている人って……」
「ヒミツ」
この人は真剣なんだか、ふざけているのか、よく分からない。
「君が頑張ればそのうち分かるよ。知りたいことを知れるかは分からないけどね」
「……とりあえず頑張ってみます」
「うん、その粋だ。努力が必ず報われるとは言わない。でも努力もせずに報われるなんてこともないからね」
「はい!」
結局前に進むしかない。
ならばこれまでやることは変わらない。
動けば変わる。
良い変化にしても悪い変化にしても、変わらなければ先に待ち受けるものはただの滅びである。
今の自分の歩みが速いのか、遅いのかも分からない。
でも前に進む。
それしかできないし、それがきっと一番の方法なのだ。
「それじゃあ今日の訓練、お願いします」
「君は教え甲斐があるから楽しいよ」
キズクは歩みを止めない。
歩み続けた先に何かがあると信じて。
孤独な道ではない。
応援してくれる人も支えてくれる人もいる。
そして、共に歩んでくれる仲間もいる。
「もっと……強くなります」
ーーー第一章完結ーーー




