命懸けの戦い6
「まあまずは最初の目的から果たそうか」
不思議な白い髪の男は再びサイクロプスに手を向ける。
サイクロプスの下半身を覆っていた黒いモヤがせり上がり始める。
「おおっと?」
抵抗を見せるサイクロプスはグレイプニルを引きちぎり、左腕を振り下ろした。
不思議な白い髪の男はかわすようなこともせず、まともにサイクロプスの拳の下敷きになった。
「んー、なかなかのパワーだね」
サイクロプスはむしろ叩きつけた拳に痛みを感じた。
拳の下敷きになった不思議な白い髪の男は微動だにしていなかった。
ただ透き通るような白い肌はまるで岩のように硬くなっている。
「うっ……おもっ……」
キズクはなんとか上に乗っかったリッカを退けて立ち上がる。
「あれは硬質化のスキル……?」
不思議な白い髪の男を見てキズクは目を細める。
体を硬くして防御力を高める硬質化という力を使っているように見えた。
‘嫌だ! 助けてくれ!’
キズクがサイクロプスに目を向けると、サイクロプスは黒いモヤに飲み込まれる寸前であった。
頭の中で声が響き、サイクロプスは最後にキズクのことを見て手を伸ばそうとしていた。
しかしキズクは伸ばされた手に何もすることができず、サイクロプスは黒いモヤの中に飲み込まれてしまった。
その瞬間、胸に広がっていた恐怖の感情が消えてしまった。
うっすらと感じていたサイクロプスとの繋がりが完全に途絶えてしまう。
「ふ……はははっ……」
黒いモヤが拡散するように消えていく。
その中にいたはずのサイクロプスは跡形もなく姿がない。
「……お前、一体何をやった!」
キズクは高笑いする不思議な白い髪の男に怒りの表情を向ける。
「思っていたよりも面白い……こうか?」
「なっ!」
不思議な白い髪の男が手を振ると雷が落ちる。
「雷……だと?」
不思議な白い髪の男が使った力は、サイクロプスが使っていた雷の力であった。
「そんな……確かにさっきまで硬質化を……」
先ほど使った力は硬質化である。
雷を操る能力とは全く異なる力のはずだった。
二つの能力があっても完全におかしいということでもないが、急にサイクロプスの力が使えたことはおかしいと思わざるを得ない。
「あんた一体……何者なんだよ!」
「はははっ! 何者か……僕はイザヤ」
イザヤは雷を落としながら気分がよさそうに笑う。
「君の能力は面白いし……強そうだ。僕は新たなる世界を作ろうと思っている。この世界は理不尽だと思わないかい? 力のないものが力のある寄生している。だがおかしいだろう? どうして力のあるものが力のないものを守ってやらねばならない?」
雷が止んだ。
それでもバチバチとした音がして、毛が引っ張られる感じがある。
「覚醒者だけの世界を作る。弱いやつはいらない。くだらない弱者の保護なんか必要ない、力こそ全ての世界が僕たち覚醒者が作り、いるべき世界なんだ」
「イカれてるな」
大真面目そうなイザヤにキズクは顔をしかめる。
覚醒者だけの世界を作りたいなど現実不可能な妄言に過ぎない。
「戦えない人はどうするつもりだ?」
「そんなもの不要な存在だ。まあ役に立つやつはいるかもしれないが……必要のないものを残しておくつもりはない。無駄なものは処分する」
やっぱりイカれてるなとキズクは思った。
細かく聞くまでもない。
役に立たない一般人や弱い人を殺し、強い覚醒者や役に立つ人だけ残した世界を作るなんて賛同できるはずもない。
「ふふ、君なら誘ってあげてもいい。今はまだ弱そうだけど、僕の世界に住まう見込みがある」
どうやらイザヤはキズクのグレイプニルを気に入ったようだ。
実際にはキズクがサイクロプスを拘束していたのではないが、キズクがやったものだと思っているのかもしれない。
ひとまずグレイプニルはイザヤが求める強い覚醒者の基準に達しているようである。
嬉しくともなんともない。
「俺はそんな世界に興味ない!」
誘ってもらったところ悪いがそんな選民思想的な世界に興味はない。
回帰前の世界はもはや強いも弱いもない助け合いの世界だった。
それでも弱いものは身を寄せあい恐怖の中に暮らしていた。
キズクは弱いものだった。
だから知っている。
強い人に頼るしかないことも、その無力さも、その歯痒さも。
それでも努力はした。
キズクはモンスターを育てていた。
他の人は料理を作ったり、限られた場所で畑をしたり、またある人は服を縫ったり、残された子供に未来を残そうと教育をしている人もいた。
覚醒者の負担を減らそうと恐怖に震えながらも見張りを買って出る人や前線近くまで荷物を運ぶ人もいる。
確かにモンスターと直接戦いはしないかもしれない。
でも弱い人たちも確かに戦っていたのだ。
見えないところで戦う人たちを支えて、恐怖に耐えていたのである。
それをいらないなどと言われて納得できるはずがない。
たとえ弱い人だろうと生きていてほしいような人は多くいる。
その人たちを守ることもまた力を持った責任の一つだろう。
「あんたの考えに俺は賛同できない!」
「……そうかい。じゃあ、僕の糧になりなよ」
イザヤは笑顔を消して手を伸ばす。
髪の毛が浮き上がるような感覚に、キズクは横に飛んだ。
雷が落ちて、轟音が鳴り響く。




