怪しい交渉
「チッ……まさか本当に応じてくるとはな」
タケダは盛大に舌打ちした。
シホが第二テイマー部を辞めればいいと思って乗り込んだ。
上手くいけばシホを自分の部活に取り込んで、剣術系の他の部活を併呑することもできるだろうなんて野望があった。
しかし第二テイマー部はシホを守るという選択をした。
部活対抗戦における条件を書面で突きつけてきたことに、タケダは大きくイラついている。
本当は部活対抗戦なんて面倒なことするつもりはない。
だが部活対抗戦を口にしたのはタケダの方であるし、条件も好きにしろと言った手前、突き返してあまり細かく口を出すのも体裁が悪い。
「一年生のみの勝ち残り戦……負けたらシホは第二テイマー部を辞めるが、負けたら謝罪に加えてアカデミー内でシホに近づくな……なんだこれ!」
タケダは苛立ちに任せて、条件が書かれた書類を投げる。
「ムカつく……」
調子に乗って部活対抗戦に応じてきたこともムカつくし、どうしてシホを守ろうとするのかも分からなくてムカつく。
シホに近づくなという条件もムカつくし、部活対抗戦に応じるというとこは勝てると思っているということになってそれもムカつく。
「第二テイマー部なんてゴミみたいな奴らが!」
タケダは机を殴りつける。
魔力が込められた拳は木製の机を大きく凹ませた。
「いいだろう……ボコボコにしてやる……」
勝てると思っているのなら片腹痛い話である。
部活対抗戦をして恥をかきたいのならそうしてやるとタケダは思った。
「荒れてるな」
「あぁ?」
他の部員たちは怯えたように小さくなり、押し黙っている。
かなり部室の雰囲気は悪い。
そんな空気の中を平然と一人の生徒が入ってきた。
タケダに睨みつけられてもニコニコと笑顔を浮かべて、足元に落ちている書類を拾い上げる。
「第二テイマー部と揉めてるんだって?」
「チッ! 話が早いな。なんの用だ、第一テイマー部の部長さんがよ!」
入ってきた生徒は金城祐輔という男子生徒だった。
カネシロは第一テイマー部の部長をしている。
タケダは苛立ちを隠さない視線をカネシロに向ける。
「まあまあ、君が今敵対してるのは第二テイマー部であって、僕の第一テイマー部じゃないだろう?」
「俺にとっては第一だろうが、第二だろうが変わりねぇよ」
「ははっ、あんなのと一緒にしないでほしいな」
冷め切った目をしてカネシロは笑う。
「……っ!」
耳元で何かが何かを囁いた。
タケダはとっさに肩に乗る何かを振り払う。
「……なんだ?」
「ああ、ごめんね。僕のワルタスはイタズラ好きで」
タケダの肩から何かが飛び退いた。
拳大ほどの黒い塊にタケダは目を細める。
床に落ちたそれは素早くカネシロの服を登って肩に乗る。
キキキと笑うそれは黒い猿のようにも見えた。
「いつの間に……」
ワルタスというモンスターの正体がなんにしても、いつどうやって肩に乗ったのかとタケダは不快に思っていた。
耳元でワルタスが鳴くまで全く気づかなかった。
「気づかなくても無理はないさ。そういうモンスターだから」
「……チッ! それで結局何の用なんだよ!」
ただからかいに来たというなら許さない。
タケダは剣に手をかける。
「おお、怖い!」
さほど怖いと思っていなさそうにカネシロは手を広げてみせる。
「手を貸してあげようか?」
「……なんだと?」
「部活対抗戦。君たちが勝てるように手を貸してあげるよ」
カネシロがニヤリと笑い、ワルタスがキキキと笑うように鳴く。
「何が目的だ?」
タケダは眉をひそめる。
第一テイマー部も第二テイマー部もタケダにとっては同じ。
仲間であるはずの第一テイマー部が第二テイマー部を倒すのに力を貸す理由が分からない。
「まずは勘違いしているようだから一つ言っておこう。僕たちは第二テイマー部なんて潰れればいいと思ってる」
「なんだと?」
「考えてみれば分かるだろ? 君たちだって他の剣術系の部活が邪魔に思うだろう。それと同じ。テイマー部はテイマー部であるべきで、第一とか第二とか分かれる必要はないんだ」
テイマー部を知らない人にとっては、第一テイマー部も第二テイマー部も同じに見えるだろう。
しかし第一テイマー部と第二テイマー部の関係は決して良くない。
第二テイマー部はあまり気にしないようにしているが、第一テイマー部は第二テイマー部のことを疎ましく思っているのだ。
それこそ第二テイマー部が無くなればいいのにと思うほどである。
「部活対抗戦……条件を引き上げてしまえばいい」
「……どういうことだ?」
「ウエスギシホの退部……じゃなくて、第二テイマー部の廃部を要求すればいい」
「なんだと?」
「そのために力を貸す。第二テイマー部を潰してくれ」
カネシロはニヤリと笑った。
「僕たちの利害は一致している」




