コボルトゲート異常事態5
「こういう時……こうするもんだろ?」
武器を失った相手を倒すのは容易い。
レオンは生粋の剣士であるし、剣を失えばまともに戦うことはできない。
しかしキズクは自らも剣を収めた。
「何するつもりだ?」
「ノア、離れてろよ」
倒せばいいのにと思ったノアがそっとキズクの肩に止まった。
だがキズクには何か考えがあるようだ。
「……無茶はするでないぞ?」
「多少はするさ。まだ若いからな」
「お前が嫌いだ!」
キズクが指で来いよとジェスチャーすると、剣を取りに行くでもなくレオンはキズクに殴りかかった。
「キズク!?」
レオンが来るのでノアはキズクから飛んで離れた。
何するのかなと振り返るとキズクは殴られていた。
レオンの拳をかわすでも防ぐでもなく、頬で受けていたのである。
「俺はお前が好きだぜ!」
驚くノアをよそに、ニヤリと笑ったキズクはレオンを殴り返した。
「俺だって努力してる! 負けることもあるし、自分で自分を天才だなんて思わない! でもいつか天才たちと並び立つことが頑張るんだ!」
「才能があるやつが何を言ってるんだ!」
「ないとは言わないさ。でも天才じゃない!」
「お前が天才じゃないなら……俺はなんなんだよ!」
レオンが殴り、キズクも殴る。
美しさもない泥臭い殴り合い。
「お前も天才じゃないさ! でも、努力する才能とめげない才能がある!」
キズクの拳がレオンの顔面にクリティカルヒットした。
レオンがゴロゴロと後ろに転がっていく。
「俺もお前も天才と呼ばれる奴らに才能は敵わないさ。でもよ、俺たちには別の才能がある。努力できる。上の奴らを見て、悔しいと思って頑張れるんだよ。レオン、お前も俺と同じだ。だから俺はお前のことが好きだし、友達になりたいんだ」
キズクは腕で鼻血を拭う。
そしてゆっくりレオンに近づくと、サッと手を差し出した。
「きっと一人じゃ限界はある。なら切磋琢磨して一緒に強くなろうぜ」
「どうして……どうしてお前はそんなに強いんだよ……」
レオンの目に宿っていた狂気がだいぶ薄れている。
「言ったろ? 俺には守りたいものがあるんだって。それに……今回俺には頼もしい仲間がいるんだ。リッカとノアってんだけどさ」
「モンスターが……」
「テイマーも悪くないって」
キズクは無理矢理レオンの手を取った。
「辛い時はそばにいてくれる。共に戦う仲間だし、一緒に努力もする。そんな存在がそばにいるのはとても心強いんだぜ」
グーっと手を引っ張るとレオンは渋々立ち上がる。
「でも俺は……」
「なんでさ、魔獣と契約するのがダメなんだ?」
「えっ?」
「魔獣と契約してても剣は極められる。確かに剣術で成り上がってきた人たちのプライドはあるかもしれないけど、テイマーだってずっと頑張ってきたんだ」
レオンの中にあるのは単純な嫉妬だけではない。
テイマーという存在に対する複雑な思いもあるのだろう。
キズクが魔獣を従えていない上でレオンを打ち負かしたのなら、ここまでレオンがキズクを嫌うこともなかったのかもしれない。
テイマーであるキズクに負けたというところが一つ重たくあるのだ。
「じゃあさ。お前もテイマーにならないか?」
「……なんで?」
「やってみてもないのに否定するなんてバカらしくないか?」
ノアがそっとキズクの肩に止まる。
「やること全部やってから腐ろうぜ。テイマーになってみて、それでもダメなら剣だけ極めてもいいだろ? そうだな……これが俺とお前の違いかもしれないな。俺は強くなるためにやれることはやるんだ」
なんでもとは言わない。
強くなるためだけなら違法なことも悪いこともたくさんある。
でも悪いことじゃないなら強くなるためになんでもするつもりだ。
リッカとノアはそんな打算で契約したのではないけれども、キズクにとっては強くなるためにも必要な存在である。
レオンもやってみればいい。
魔獣との契約は比較的自由な側面もある。
やってダメならやめてもいい。
「ズルイとか思うならやってみろよ」
「別に……ズルイなんてことは言ってないけど……少し考えてみるよ」
レオンの目に理性が戻ってきた。
「……悪かったな」
「何がだ?」
「殴ったこと。それだけじゃなくて、嫌いだって言ったことも。さっきまでの俺はなんだか……おかしくて、胸の中のモヤモヤがデカくなって抑えきれなくて」
「でも全く思ってないことでもなかったんだろ?」
「う……それはそうかもしれないけど」
なんとも思ってないのに不満が爆発するはずがない。
そう指摘されてレオンは口ごもる。
「いいさ。今どうだ?」
「…………なんだかスッキリした気持ち」
「あんだけ叫んで殴り合ったんだもんな」
キズクは笑顔を浮かべる。
わざわざ簡単に制圧できるのをやめて殴り合いに興じたのだ。
スッキリしてもらわないと困るというものだ。
「デッ!」
「キタカタ! 何をしている!」
キズクの頭にゲンコツが落とされた。
振り返ると険しい顔をしたヤシマが立っていた。
「えっと……」
「あのような場面で単独で挑むことはいいとして、わざわざ有利な状況を捨てて殴り合いをするなんて何を考えている!」
「それは……その……」
結果としては間違っていなかった。
しかしそれはあくまで結果としてみた時の話である。
その時の判断としては正しいとは言いがたい行為だった。
キズクの視界の端では大きいサイズになったリッカが大きなコボルトの首を噛んで振り回していた。
コボルトはグッタリしているし、もう瀕死の状態であった。
「教師としてあんなことは許せない」
「うぅ……すいません」
キズクは頭を押さえながら少し反省する。
「ただ……個人としては嫌いではない」
ヤシマは軽くため息をついて笑った。
「あれは一種の呪術……自分の死をもって発動し、不満を肥大化させて敵を同士討ちさせるものだったのだろうな」
モンスターのやり方としてはかなり特殊なものである。
たまたまレオンがキズクに対して大きな不満を抱えていたからターゲットになったのだ。
無理矢理押さえつけておけば勝手に術は解けただろう。
しかしキズクは徹底的にレオンに付き合う形で不満を解消して術を解いてしまった。
一方では正しくないが、一方では正しい判断である。
「わふっ!」
「……どうやら倒してしまったようだな」
気づいたらリッカが横にいた。
加えていた大きなコボルトをぺっと口から落とすと、やったよと言わんばかりの期待の眼差しをキズクに向ける。
「よくやったな」
グッと目の前に下げられた頭を撫でてやる。
「ボスを倒したなら素早くゲートを脱出するぞ!」
なんにしてもボスは倒された。
キズクたちはボスの死体を収納空間魔法に入れてゲートを脱出したのであった。




