コボルトゲート異常事態1
「こうして歩き回るだけでも意外と疲れるな」
「普通のハイキングじゃないからな」
およそ二時間ほどゲートの中を回って出てきた。
バスの座席で休んでいると、ケンゴはじんわりと疲労が広がってくるような思いだった。
コボルトとの戦いもそれぞれの班で分けて、さらに班の五人で挑むと負担はさほど大きくない。
それでもいつコボルトが現れるか分からない緊張感がある中で歩き続けた。
知らない間に体も精神も疲労してしまっていたのである。
もっと高等級にゲートになると感じられる魔力でもっと疲労は早い。
「今のうちに休んどけ。また後で入ることになるから」
今はキズクたちと交代で残り半分の班がゲートに入っている。
予定としては後の班も二時間ほどコボルトと戦いつつゲートに慣れてもらい、昼を挟んでボスの攻略ということになっていた。
少しばかり休む時間がある。
休める時に休んでおくのも覚醒者として必要な行為である。
「なんなら寝てもいいぞ。後で起こしてやる」
「……悪いな。ちょっと寝るよ」
ケンゴは眠たそうに目をこすった。
ケンゴのみならず眠たい人は多いだろうなとキズクは思う。
テントで寝ることになったのだけど、テントで寝慣れている人なんてまずいない。
慣れない環境に加えて、次の日にはゲートに入る緊張もある。
ぐっすり寝られたなんて神経の図太い人の方が珍しい。
「さてと……俺はご機嫌取りでもするかな」
リッカが出番なしで拗ねている。
しょうがないからブラッシングでもして機嫌を取ろうとバスを降りる。
「あっ」
「ん? おお、お疲れ様」
バスを降りたところでバッタリとシホと出会った。
相手がキズクだと分かるとシホの目つきが厳しくなる。
「……なあ」
「なに?」
離れていこうとするシホに声をかける。
「なんでそんな態度なんだ?」
敵意を向けられているのは分かっているが、なんでそんなことになったのかキズクは分かっていなかった。
時間が解決してくれなさそう。
ならばどこかで直接聞くしかない。
親しくないクラスメイトと二人きりになる機会もない。
今はみんな思い思いに休んでいて周りに人がいない。
いい機会だと思った。
「入試の時のことならお前の勝ちだろ? 確かに少し性急な終わり方をしたけど、あのまま戦っても俺が負けてた」
カナトのせいで問題が起きて、キズクは完全に負ける前に負けを認めてリッカのところに向かった。
その結末が不満なのかもしれないが、どの道負けていただろうとキズクは思う。
事情があって負けを宣言したことが納得いかないと言われても、キズクの方が納得いかない。
「あの時あなたは本気じゃなかった」
「前もそんなこと言ってたけど本気だった」
「あっさり負けを認めて、悔しそうでもなかった」
「負けを認めたのは事情があったし負けたと思ったからだ。それにちゃんと悔しかった」
悔しくて剣の鍛錬にまい進した。
負けて何も思わなかった訳ではないのだ。
「じゃあどうしてそんな態度なの?」
「はあっ?」
シホはキッとキズクを睨む。
「私は負けると悔しい。頭が沸騰しそうなほどに悔しくてたまらなくなる。でもあなたは次会った時にも平然としてた」
「別に悔しくなかった訳じゃなくて……」
「それにあなたはテイマー」
「えっ? まあそうだけど」
「テイマーは魔獣と戦ってこそ。私はまだあなたの本気と戦ってない」
キズクはリッカという強そうな魔獣を連れている。
戦いにおいてリッカが加わっていたならシホがキズクに勝てていたかは分からない。
キズクにはまだ余裕があった。
だからあっさり負けを認めたし、そんなに悔しくなさそうなのだと思った。
あの時のルールでは魔獣は共に戦えないので仕方ない。
でもキズクが本気ではなく、中途半端に負けを認めてしまったことにシホはどうしても納得ができなかったのである。
素直に勝ったと思えない。
これがキズクをライバル視している理由だった。
あるいはキズクがまだグレイプニルといった力を使っていなかったことを、本能的に感じているのかもしれない。
「……どこまでも真剣なんだな」
強くなること、そして勝敗にこだわっている。
「分かった。じゃあやろうぜ」
「……何を?」
「全力の勝負だよ。リッカとノアもありの」
嫌い、とはまた違う。
この問題は解決できる。
正面から戦えばいい。
勝っても負けても心から勝負がついたと思えればシホは納得するだろう。
「いいの?」
「いいさ。ただ条件がある」
「なに?」
「勝っても負けても……そんな態度はやめてくれ。冷たくされるのは……あんまり好きじゃない」
勝敗がどうあれ、そしてライバル視することも構わないが冷たくあたられるのは勘弁願いたい。
「あっ…………ごめんなさい」
キズクの困ったような顔を見て、シホはこれまで自分がどんな態度をとってきたのか理解した。
あまりにも頑なだったことは言われてみればその通りである。
チトセにも言われていたけれど、本人に言われてようやく自覚した。
シホは顔を赤くした。
思えばかなり態度が悪い。
「あの、これまで……こういうことがあったら納得いくまで戦ってもらってたから……どうしたらいいか分かんなくて…………ごめんなさい!」
シホは深く頭を下げた。
モヤモヤとした感情の付き合い方を分かっておらず、ただただそっけなく接していた。
「謝るから……全力で戦ってもらえると……」
もじもじとするシホは上目遣いにキズクを見る。
思っていたよりも良い子だなと思っていたのも束の間、戦闘狂なところがありそうだとキズクは苦笑いを浮かべてしまう。




