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第8話:キョウコの賭け(後編)


キョウコは、夜の街の喧騒を背に、薄暗い部屋で封筒を握りしめていた。17歳の高校生、派手なメイクと崩した制服が彼女のトレードマークだ。だが、今、彼女の目はいつもより鋭く、冷たく光っていた。「親の心子知らず法」の通知が届いてから、キョウコの頭は計算と迷いで埋め尽くされていた。期限は2週間。残り1週間を切っていた。


封筒の中の金属製のカードが、部屋の蛍光灯を冷たく反射する。母親、サキを殺せば2000万円。サキの彼氏、ヤクザのヒロシも「同居する人物」に含まれるなら、4000万円。キョウコは掛け算や割り算は苦手だと言われたが、足し算はできる。2000万+2000万=4000万。そんな金があれば、キョウコの人生は変わる。だが、問題は金だけじゃなかった。


---


キョウコは意外と賢かった。学校の勉強はマジでくだらなくて嫌いだったが、感は鋭い。そもそも苦手なのは分数だけだっつうの。舐めやがって。街の空気を読むのも得意だ。誰にも言ったことがなかったが、相対音感があり、街の雑音や初めて聞いた曲を耳で捉え、ピアノがあれば即座に弾ける。美術も得意で、中学時代は美術部に名ばかりで所属し、気まぐれで出したコンクールで賞を取ったこともあった。めんどくさいからすぐ忘れたが。母親はそんなキョウコの才能を知らない。サキはいつも忙しく、キョウコのことに無関心だった。


「ま、こんな家庭だしな。どうせ、こうなるよな」


キョウコはそう割り切っていた。母親のサキはキャバ嬢。父親のことは知らない。シングルマザーの家で、キョウコは自由に、でも冷え切った環境で育った。サキはキョウコの夜遊びを咎めなかった。諦めていたんだろう。キョウコも、立場が逆でもそんなもんだと思っていた。


---


だが、最近の異変は、キョウコの感をざわつかせていた。サキにできた彼氏、ヒロシ。黒塗りの高級車で送迎し、金のネックレスをジャラつかせる男。キョウコは一目でわかった。ヤクザだ。サキは借金を抱え、ヒロシに絡まれている。結婚の話まで出ているらしい。キョウコは恐怖を感じた。ヤクザと結婚? そんな人生、想像しただけで吐き気がした。


あの夜、夜の街で男に呼び止められた言葉が、キョウコの頭にこびりついている。「お前の母ちゃん、美人だけどよ、借金が結構あるんだよな。結婚してくれるなら、話は別だけどな」キョウコの顔は、街の奴らに割れている。もしヒロシを消したら、確実に報復される。バレない法律とはいえ、ヤクザこそ法律なんて関係ない。キョウコの感は、危険を警告していた。


---


キョウコは考える。母親だけ殺すか。2000万円。サキを消せば、借金の縛りから解放されるかもしれない。キョウコはテキトーに生きるのに慣れている。金があれば、どこか遠くで新しい生活を始められる。だが、サキを殺せば、ヒロシの目がキョウコに向く。ヤクザに追われる人生なんて、冗談じゃない。


(なんとかして、ヒロシだけ消せれば……)


キョウコの頭に、危険な計画が浮かんだ。ヒロシが家に来る夜を狙う。サキと同居しているなら、法律の対象だ。2000万円。このタイミングで封筒が来たのは、たぶんそのためだ。選べって言ってる。国が、私のしょうもない人生を。仮にヤクザを消せば、サキも自由になれるかもしれない。キョウコはサキを愛していたわけじゃない。でも、冷え切った家庭でも、サキはキョウコを育ててくれた。コンビニ弁当を渡しながら「ごめんな、忙しくて」と笑う顔。キョウコを叱らず、自由にさせてくれたこと。それが、サキなりの愛だったのかもしれない。


「母には、変わらずテキトーに生きてて欲しい。私も、そうするからさ」


キョウコは呟いた。だが、心のどこかで、別の声が囁く。ヒロシを消すのは、賭けだ。確実に怪しまれる。ヤクザの仲間がキョウコを追うかもしれない。2000万で逃げ切れるか? それとも、全部諦めて、この冷え切ったくだらない生活を続けるか?


---


期限が迫る中、キョウコは行動に出た。ヒロシがサキを送りに来る夜。キョウコは家で待った。台所には、使い古された包丁。サキはソファで死んだように眠り、ヒロシはリビングで酒を飲んでいる。いつも適当な時間に帰るんだ。飲酒運転しやがって。キョウコの手は、包丁を握りしめた。心臓の鼓動が、耳の中でうるさい。


(うまくやれよ、キョウコ。2000万だぞ。なんとかなるだろ)


キョウコは一歩踏み出した。ヒロシが振り返り、ニヤリと笑う。「お、ウワサの娘か。ほんとに母ちゃんそっくりだな。かわいいじゃん」その声に、キョウコの血が沸いた。包丁が、月明かりに光る。ヒロシの目が、一瞬驚きに変わる。


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翌朝、黒いスーツの男が現れた。キョウコは血に濡れた服で、封筒を差し出した。男は無表情でカードを渡す。2000万円。非課税。キョウコはサキを殺さなかった。ヒロシだけを消した。サキは朝、ヒロシの死体を見て泣き叫んだが、キョウコは何も言わなかった。


「サキ、テキトーに生きろよ。感謝してるよ。私も、そうするから」


キョウコは2000万を手に、街を出た。二度と戻らないつもりだ。ヤクザの報復を避けるため、遠くの街へ。金があれば、なんとかなる。キョウコはピアノを買い、絵を描き続けた。才能を活かし、動画配信を初めて、新しい人生を始めた。若い女という理由だけなのだろうが、顔出ししたら、サブスクとかいうやつで、毎月意味わからんくらい金が入ってきた。サキは、キョウコが去った後も、キャバ嬢を続けた。借金は、ヒロシの死でなぜか帳消しになっていた。


キョウコは、時折、夜の街の音を思い出す。相対音感で捉えた、ネオンのざわめき。あの冷え切った家を、キョウコは忘れなかった。でも、振り返らない。


キョウコ(完)

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