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第7話:キョウコの影(前編)


キョウコは、ネオンの光がちらつく夜の街の片隅で、タバコの煙を吐き出した。17歳、高校2年生。派手なメイクに、制服を少し崩したスタイル。地元で「名前さえ書ければ入れる」と言われる私立高校の制服は、確かにちょっと可愛い。キョウコはそれが気に入っていた。夜遊び、男友達、騒がしくも、ちょっといい感じの音楽。キョウコの日常は、いつもそんな色で塗り潰されていた。


家に帰ると、キョウコは机の上で封筒を見つけた。黒い封筒。開けると、冷たく光る金属製のカードと、簡潔な文面の紙が入っていた。「親の心子知らず法」の通知だった。


「あなたは『親の心子知らず法』の対象者に選ばれました。この法律により、あなたは親権者である母親および同居する人物を殺害する権利を有します。実行した場合、1人につき2000万円の報奨金が支給されます。実行の有無、結果は一切公表されません。選択はあなたに委ねられています。ただし、決断の期限は2週間以内です。期限を過ぎての殺害は通常の犯罪として扱われます」


キョウコは封筒を放り投げ、ベッドに倒れ込んだ。2000万円。母親を殺せば、2000万円。そんな金、キョウコの人生では見たこともない。だが、頭の片隅で、別の考えがちらつく。母親の彼氏。あのヤクザ。もし、そいつも「同居する人物」に含まれるなら、4000万円。キョウコの心は、ざわついた。


---


キョウコの家庭は、いつも不安定だった。母親はキャバ嬢。父親のことは、キョウコは知らない。物心ついたときから、母親と二人暮らし。母親は夜遅くまで働き、昼間は寝ていることが多かった。キョウコが中学で夜遊びを始めても、母親は何も言わなかった。諦めていたんだろう、とキョウコは思っていた。「どうせ、こういう家庭の子は、こうなるんだよね」と、キョウコ自身もどこか投げやりだった。


それでも、母親には一つだけ願いがあった。「高校だけは、ちゃんと行ってくれ」その言葉に、キョウコは渋々応えた。地元の底辺高校でも、キョウコにとっては十分だった。勉強なんて興味ない。将来は、母親と同じく夜の仕事をするんだろう。そんな人生でいい、とキョウコは思っていた。


自慢じゃないが、キョウコはモテた。小学校から、彼氏が途切れたことはなかった。だが、キョウコにとって恋愛は、ただの遊びだった。「男なんて、身体が欲しいだけ」そう割り切っていた。本物の恋なんて、知らない。知る必要もないと思っていた。


---


高校2年になって、異変が起きた。母親に彼氏ができたのだ。キャバ嬢なら、客との付き合いは珍しくない。キョウコも普段なら気にしなかった。だが、今回の男は違った。黒塗りの高級車で母親を送迎する。金のネックレスに、派手なスーツ。柄が悪すぎる。キョウコの鋭い感は、そいつがヤクザだと確信していた。


「まさか、ヤクザと結婚したりしないよね……」


キョウコは急に怖くなった。母親は、時折、疲れた顔で「大丈夫、なんとかなるから」と言うようになった。キョウコには、それが嘘だとわかった。


ある夜、キョウコが悪友たちと夜の街でたむろしていると、知らない男に呼び止められた。刺青の入った腕、鋭い目つき。男はニヤリと笑い、言った。


「お前、キャバ嬢の娘だろ。サキの娘。顔そっくりだな」


キョウコは凍りついた。男は続けた。「お前の母ちゃん、ようやっとるけど、借金が結構あるんだよ。んでな、俺らが肩代わりしてやってる。わかるよな? ま、結婚してくれるなら、話は別だけどな」


キョウコは言葉を失った。母親がヤクザに絡まれている。借金のせいで、追い詰められている。結婚しなかったら、どうなる? キョウコの頭に、最悪の想像が浮かんだ。母親がヤクザに連れ去られるかもしれない。あるいは、もっとひどい目に。


---


「親の心子知らず法」の通知が届いたのは、そんなときだった。キョウコは封筒を手に、考える。母親を殺せば、2000万円。ヤクザの男が同居していれば、4000万円。キョウコの心は、冷たくざわめいた。


(母さんを殺す? いくらあんな母親でも、そんなこと、できるわけないよ)


母親は、キョウコを放任してきたけど、悪い人じゃなかった。夜遅く帰ってきて、キョウコにコンビニ弁当を渡しながら「ごめんな、忙しくて」と笑う姿。キョウコが中学で多少問題を起こしても、「まあ、元気ならいいよ。人にはできるだけ優しくしろよな」と笑って許してくれた。母親は、キョウコなりに愛していた。


だが、ヤクザの男は別だ。あいつが母親を追い詰めている。あいつがいなければ、母親は自由になれるかもしれない。キョウコの感は、鋭く囁く。あの男は、危険だ。母親を、キョウコを、壊すかもしれない。


---


夜、キョウコは母親と話した。リビングで、母親が珍しく早く帰ってきたとき。母親は疲れた顔で、缶ビールを飲んでいた。


「母さん、あの男、ヤクザだろ? 借金あるって、ほんと?」


キョウコの直球に、母親は一瞬、目を逸らした。「…キョウコ、心配すんな。なんとかなるよ。大人の問題だから」


「なんとかなるって、いつもそれ! まさかほんとに結婚するつもり? あんな奴と!」


キョウコの声が、思わず大きくなった。母親はため息をつき、言った。「キョウコ、あんたは余計なこと考えないで。母さんがなんとかするから」


キョウコは黙った。母親の目には、諦めと疲れが浮かんでいた。キョウコの胸が、締め付けられた。


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その夜、キョウコは台所に立った。引き出しには、使い古された包丁。母親はもう寝ている。ヤクザの男は、今夜は来ていない。キョウコの手は、包丁に伸びそうになり、止まった。封筒は、カバンの中に。期限は、残り10日。


(母さんを殺す? ヤクザを殺す? 流石にヤバいって。それとも…全員?)


キョウコの目は、夜の街のネオンのように、揺れ動いた。彼女の選択は、まだ見えない。


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