六話
ある時汚れた財布が道に落ちてた時、匿名で落とし物として届けたわ。放課後に、教師が渡しているのを見たのだけどあの財布、ティフィーの物だったみたい。大分泥や水やらで汚れていたけれど……。大事なものなら学校の寮に置いておけば良いかもしれないけれど、財布はね……。
風属性の魔法で水分を飛ばして乾かし、温風をかけてから届けたの。水洗いするわけには行かないし、汚れたままになってしまったわ。
教師には汚したのが私ではないか疑われたけど、届けたのは私だし、最終的に納得してくれた。もし私ならわざわざ汚して落とし物として届ける理由が分からないわ。中身無事だったのかしら?……少し同情するわ。
何か嫌がらせがゲームに比べて増えてる気がするわ。幾ら悪役令嬢のイーヴィーでも、人の財布を盗んで、泥水塗れにするなんてことしなかったわ。私がイーヴィーになったのが原因なのかしら……。
ティフィーと仲の良い女子もいるみたいだけど、王子達と仲の良いことで、周囲に反感を買ってしまっているみたいね。庇ってくれる人がいる分には良いと思うわ。
まあそれでも私が原因と思っていることには納得出来ないけれどね。ゲームが元の世界だから、って言われても納得いかないわ。
学園でヒソヒソ声を耳にしたり、嫌な目で見られるのに傷付かないわけじゃないわ。でも友人もいるし、大丈夫よ。
不意に足元に柔らかい感触を感じて下を見た。緑色のスライムが擦り寄って来ている。私は微笑み、しゃがんで撫でてあげた。大きな目が嬉しそうに弧を描く。ありがとう、貴方達がいるしね。他のモンスター達も寄り添ってくれているわ。
意外と私に害をなさそうとする人が少ないのよね。侯爵令嬢だから?でも親が侯爵の子供は他にもいるわよね。何でかしら?
「あ、ラビット!戻って来たのね!おかえりなさい。」
廊下に茶色いモンスターを見かけ、声をかける。赤いスカーフをしたラビットが戻って来た。ラビットは跳ねながら駆け寄って来る。しゃがんで撫でてあげる。相変わらず柔らかいし、温かい。ラビットは気持ち良さそうに目を細め、キュ、と甘えるように鳴き、頭を擦り付けた。可愛い!胸が躍る。
私はラビットを抱き上げ、胸の前で抱く。ラビットはされるがまま。そしてそのまま撫で続ける。少し汚れてる気がするわ。ブラッシングしてあげようかしら。
そう言えば、最近、スライムやラビット達を怖がる子達がいるのよね。強いとは言え、見た目は小型モンスター。可愛いのに。胸に重石を置かれたような気分になる。同時に心の中が曇る。単純に謎だわ。
◇◇◇
勉強やら活動に明け暮れ、友人達と交流し、モンスター達と触れ合い。あっという間に三年生になったわ。
王子達との関係は変わらず、寧ろ悪化していくまま。ヒロインのティフィーとも授業以外ではあまり話すこともなく。ティフィーはブレーズ王子ルートに入ったみたい。かなり一緒にいるもの。あの二人、もう付き合ってるんじゃないの?と思うし、周りも噂してるわ。でも、まだ付き合ってないみたい。
やっぱりゲームみたいに、王子ルートではダンスパーティ後に付き合うのかしら?
ゲームだと王子ルートの場合、ダンスパーティの時、イーヴィーを断罪した後。ヒロインであるティフィーに結婚を前提に付き合って欲しい、と頼むのよね。ティフィーが受け入れて、二人が結ばれるのよ。
そのまま時だけが過ぎて行った。
そう言えば、二年生の時。不思議なことが起きたのよね。
ラビットに怯えていた子達の何人かに会ったんだけど。その時にいなかった大人しそうな女子生徒が一人いたのよね。伯爵令嬢。オレンジ色のショートヘア、茶色の瞳の女子生徒よ。
伯爵令嬢の顔を見るなり、スライムが目を吊り上げて、口を開けて威嚇したの!更に口が白く光って、エネルギーを溜めていることに気付いた。攻撃しようとしてる!
何で!?
私はスライムを宥めたわ。何故あの子だけなのかしら?申し訳ありません、と言うと、怯えた顔でええ……、と言っていたわ。
後でスライムに尋ねても、知らん顔するだけだったの。
私の連れてるモンスターは私の友達と触れ合ったりしてるのよ?スライムが威嚇するなんて、何かあったのかしら。
温かい陽気が続いているわ。今は五月。卒業が六月だから、もうすぐね。
……そして五月と言えば、ゲームでイーヴィーが断罪・追放されるあのダンスパーティが行われる。
今日はいよいよ、学園のダンスパーティだわ。私も実家から送られて来たドレスを着ているわ。ドレスは全体的に赤色で、所々白が入っているの。袖にもフリルが使われ、胸元にリボンがあるわ。……これは、原作でもイーヴィーが着ていたドレスなのよね。複雑。
ゲームなら、ここでイーヴィーは追放されるはずなのよね。色々あったけれど、最終的に魔法でティフィーのドレスが破かれるのよね。イーヴィーの仕業だと分かり、激怒したブレーズ王子が、ティフィーを追放する、と。
何が起こったにせよ、私のせいではないのだから。毅然とした態度で否定すれば良いわよね。
ダンスパーティを楽しみつつ、様子を見るしかないわね。
私はパートナーである友人の男子生徒の手を取りつつ、会場の大広間へと足を進めた。ちなみにこの人とはお互いに恋愛感情はないけれど、友人同士で組んだのよ。気が楽だわ。
大広間に入り、まず目を引くのは、天井で煌びやかな黄色い光を放ち、存在感を示すシャンデリア。
光で照らされた大勢の人々。色取り取りのドレスで着飾った女子生徒達。同じく様々な色のスーツを着た男子生徒達。パレットで描いた絵画のような色鮮やかな光景。
大広間には音楽が流れている。ゲームを元にした世界だからか、現代のバイオリンなどに似た弦楽器が演奏されている。オルガン、ハープ、太鼓、フルートに似た楽器。学校に呼ばれた楽団が演奏しているの。
清潔な白い布製のカバーがかけられたテーブル。周りに椅子が並べられている。テーブルの上には飲み物の入った容器とコップ。後で食事が並べられる予定なの。
心の中を覆う消し切れない靄を吹き飛ばすような美しい光景だった。私は息を呑んで目の前の光景に魅入った。ゲームをプレイしてる時も思ったけれど、綺麗……!
そんな私に隣から声がかけられる。
「イーヴィー、綺麗だな。」
隣の男友達に目を向けた。パーティだからか、目を細めて言う彼に、私は微笑んで返す。彼のスーツも似合っているわ。
「ありがとう、貴方も素敵ですわ。」
「ありがとう。」
私達は笑い合う。
周囲に目を向けた時、私は友人の女子を見つけ、小さく手を振る。同じくドレスを着た彼女は私に気付いて、笑顔を向けてくれた。ちなみに彼女とは、さっき会った時にドレスを褒め合ったわ。
──キャア!
空気を切り裂くような女子の悲鳴が上がった。楽団の演奏が止まった。水を打ったように静かになる。会場を見ると、視線が一箇所に集中している。視線を追うと、少し離れたところでティフィーがドレスを押さえているのが分かる。側にはパートナーである金髪の男子、ブレーズ王子。
ああ……、起きてしまったのね。
良く見なくても私には分かる。ティフィーのドレスが破られたのだ。周囲からヒソヒソと囁く声が聞こえる。ゲーム通りだわ。となると、これから起きることは……。私は気分が沈む。
鋭い赤い瞳がこちらに向けられているのが感じる。
「イーヴィー・ミーハナブル侯爵令嬢!こっちへ来るんだ!」
会場の視線が全て私に集中する。怒り、疑心、困惑などの様々な視線。針の筵。
私は身体が震えそうになりながらも、堂々とブレーズ王子の元へ足を進めた。
目の前に行くと、ブレーズ王子の吊り上がった赤い目が向けられる。彼は拳を握り、低い声で私に尋ねた。
「ミーハナブル、ティフィーのドレスを破いたのは君か?」
ティフィーの方を手で示しながら尋ねる。彼女は友人の女子数人と外側を攻略対象の男子達に囲われ、不安そうな目付きでこちらを見ている。王子の声は疑問形だけど、私以外にいるはずがない、と言う声だわ。
「待って下さい、王子!」
「イーヴィーは何もしてません!」
友人達が口々に声を張り上げるものの、ブレーズ王子達には相手にされない。
私は眉に皺を寄せ、ブレーズ王子に強い視線を向けた。今まで通り、きっぱりと否定する。
「ブレーズ王子、私はやっていませんわ。他の誰かの仕業でしょう。」