五話
赤い太陽が辺りを照り付けている。気温が高く、ジリジリと地面から熱が昇っていたわ。目の前に暑さで蜃気楼が見えるわ。少し離れたところでセミが元気良く鳴いている。
前世を思い出してから時が経った。私はもうすぐ十六歳。前世は十八歳で転生したから、数年後に追いつくわね。私は数日後の九月一日にイーブル魔法学園に入学する。この十年、色々あったわね……。様々なことを思い出し、私は目を細めた。
不意に下からくいくい、とドレスが引っ張られた。そちらに視線を向けると、青いスカーフのラビットがドレスの裾を持っていた。可愛い……。私は笑顔になり、腕を伸ばす。ラビットは、腕を駆け上がり、左肩の上に乗った。もふもふとした柔らかい毛並みを撫でながら、私は考える。
学園に入学したら、私どうなるのかしら……。勿論追放されないようにするつもりだけど。ヒロインに手を出さなければ良い話よね。あまり関わらないようにしようかしら。
左を見ると、茶色い瞳と目が合う。撫でられて目を細めていたラビットは、キュ?と不思議そうに首を傾けた。私は微笑を浮かべ、何でもありませんわ、と言い、顔を前に向けた。
私は一度瞬きをした後、決意する。右手を顔の前に持って来て、拳を軽く握った。何にせよ、私、頑張るわ!炎を燃やす私とは対照的に、ラビットはキュー?と可愛らしく鳴いた。
学園に通い出してからは、許可を得てるから、小型モンスターは餌をあげるわ。中型モンスターに関しては、接する時にあげるくらいかしら。他にもモンスターを連れてる生徒はいるし、問題ないみたい。
そう言えば。私はリーヴァイのことを思い出す。彼は今年、隣のアーマルズ王国の騎士団訓練所に入隊するって前に言ってたの。詳しくは知らないけれど、事情があって、家族や使用人達もアーマルズ王国に移住するみたい。リーヴァイは一年後に王国の騎士団に入団するらしいわ。
◇◇◇
イーブル魔法学園は、王都にあるの。王都の建物と同じで、煉瓦造りよ。貴族が通うだけあって教室や校舎全体が豪華なのよね。机や椅子も使いやすい造りなの。校舎内には食堂があって、好きなように食べれるの。
学園では、あまりヒロインのティフィー達や攻略対象達と関わらないように過ごしたわ。勿論ティフィーに手を出してはしていないわ。原作だとイーヴィーは転ばせたり、水をかけたり、物を取ったり、突き落としたり。更に魔法を使って妨害したり。色々やってたのよね……。
学校では寮に住んでいるけれど、棟が違うせいか、ティフィーと会ったことはないわ。
小型モンスターなら一緒にいられるので、予め学校に許可を得てから、ラビット達やスライムを連れて歩いた。生徒達の視線が向けられる。他にも連れて歩いている生徒はいるけれどね。私は誇らしい気分になった。そうよ。私の契約してる子達は、可愛いし、格好いいの!戦闘でも強いのよ!私も勿論成長したけれど、モンスター達は強くなったわ。小型モンスターでも、中型モンスターまでなら苦戦しなくなったわ。
魔法の授業では基本モンスターを戦わせないわ。生徒達自身の魔法を使うの。その代わり、屋外のモンスター相手の授業ではモンスターにも協力してもらうわ。モンスターに戦って貰いながら、私も魔法等で攻撃するの。大型のモンスター達は出番はほぼないけれど。良くてゴーレムね。もう一匹の子はダメだわ。弱いモンスターの相手としては強過ぎるもの。
私は普段は得意な闇属性、火属性、水属性の魔法を主に使って実践授業を行うわ。イーヴィーはゲームでも強いし、今まで鍛えて来たのもあって、座学と一緒にトップクラスの成績を収めているわ。
この学校は、上位の成績が張り出されるの。当日は張り紙の前に騒めく生徒達の群れが出来るわ。私達の学年のトップはブレーズ王子とティフィーが競い合っているの。私はその次くらいね。たまに数人が私の上位になることはあるけれど。攻略対象者達がその次に続くの。私の友人達は一緒に勉強しているし、どの子も上位に食い込んでいるわ。
学園では、魔術師に必要な授業を選択して授業を行った。勉強も頑張らないとね。……リーヴァイは元気かしら。
モンスター相手の授業ではモンスターを二体まで出せるの。アイスバードが風魔法を使って相手を吹き飛ばしたり、他の子の近くに飛ばしたり、風の刃で相手を切り付けたりしていたわ。フェルイーターは小型モンスターを丸呑みしたり、ツルで相手を叩き付ける。
やっぱりラビット二匹やハーピィ二体を戦わせると、連携して動いていて強いわ。一体の子が相手を引き付けて、その隙にもう一体の子が攻撃したり。ハーピィ二体は空中から攻撃しているわ。
学園では、友人が結構出来たの。ゲームでも取り巻きはいたけれど、取り巻きと言うよりは普通に仲良いわ。近い身分の女子が多いけれど、そうではない子もいるの。男子の友人も何人かいるわ。
魔法については、新しい魔法を覚えたわ。名前はダーク・マインド・コマンド。土属性魔法で出した土で、杖あるいは手作業で土偶を作るの。土偶にダーク・マインド・コマンドを使うと、動くのよ!分身として、自分の意識が移るの。憑依とはまた違うかしら?土偶として動いて、戻って来ると、その間に見聞きしたことが私に伝わるの。情報収集に役立っているわ。一応土偶については教師に報告しておくことにしたわ。先生は許可を出してくれたわ。使う場所の制限はされたけれど、まあ普通のことだし構わないわ。
後で知ったのだけれど、学園では「主も近くにいないのに動く土偶がいる」と噂になってたみたい。皆怖がっていたらしいのよ。学校の怪談みたいね。見た目そんなに怖くないのに、酷いわよね。
ヒロインのティフィーは順調に攻略対象達と交流していってるみたい。ティフィーに王子、何人かは同じクラスなのよね。一番仲良いのは多分ブレーズ王子かしら?二人でいるのを結構見かけるもの。
廊下でブレーズ王子を見かけて、私は目を細めた。
ブレーズ王子とはゲームでもあったように、幼い頃に何回か顔合わせしたの。婚約者候補としての相性を見るためでしょうね。
幼い頃は一緒に遊んでいたわ。私としては複雑だったけれど、それでも楽しかった。小さかったから気にせずにイーヴィー、ブレーズと呼び合っていたわ。
ふと思うの。昔はどんな性格だったかは知らないけど、ゲームのイーヴィーも昔はブレーズ王子と遊んでいたのかしら。
でも十歳くらいになってからは、あまり会話が弾まなくなったの。少し寂しかったけど、仕方ないわね。途中で気にしなくなったわ。お互いに恋愛感情はなかった。
諸々の理由で私は婚約者候補から外れた。
残念そうにしている両親達には申し訳なかったけれど、私自身は全く気にしていない。寧ろ良かったわ。ゲームから変わって、追放される可能性が減ったもの。ブレーズ王子とは疎遠になった。
今のところ私に婚約者は候補でもいないわ。
それはともかく、問題はブレーズ王子達に敵対視されていることなの。ティフィーは虐められているようで、それを私が指示していると思っているみたい。私、彼女と彼女と授業以外では挨拶くらいで、あまり関わったことないのだけど、どうしてそう思われてるのかしら?私は何もしていませんわ、と言っているのに。
授業でもやたら私に挑んで来るし、すれ違うだけで睨んで来るの。ティフィーにまた嫌がらせか?とか。私じゃないのに。
友人は私を信じてくれているわ。半信半疑といった生徒達もいるみたい。
犯人の特定?確かに情報収集したら何人か心当たりはあるわ。時々しか話さない子達だけど。でも他にもいるかもしれないし……。何よりも私が関わっていない時点でゲームと違うのだから、難しいわ。それに止めたところで逆に王子達に怪しまれそうだわ。
それに嫌がらせを全て止めていたら、身が持たないわ。注意したところで、裏で再燃するでしょうし。イタチごっこのようになるわ。