二話
私はスライムの目をじっと見つめて念を送る。
──何処かへ行って。
スライムは、すぐさま森の奥へ向く。何処かへピョンピョン、と軽やかに飛んで行った。私は微笑む。これで良いわね。
ダーク・マインドとは、闇属性の魔法。効果は、モンスターを操り、思い通りに動かせるものだわ。使役とも言えるわね。催眠術か、言い方は悪いけれど洗脳みたいなものね。私は魔法の中でも、闇属性の魔法の適正が高いの。
闇属性魔法が元々モンスターを契約・使役するのに向いているみたい。と言っても、使える人は他の属性魔法に比べて少ないし、モンスターを完全に制御することは難しいみたいだけど。
しかも、効果は一時的。私からある程度離れると、効果がなくなるわ。
初めて使った時は、森で向かって来た二足歩行のうさぎ、ラビットのモンスターに使ったわ。九歳くらいの時かしら?モンスターの中でも弱いし、柔らかそうな毛並みで見た目は可愛いけれど、襲って来るし油断してはいけないわ。うさぎと言えば、と思って、穴掘りをするように指示したの。
ラビットはすぐさま足で土を掘り始めたわ。掘って、掘って……。近くで土が山盛りになり、大きな穴が出来ても、ラビットは止めなかったわ。魔法が切れるまで掘っていたかもしれないわ。
止めないラビットに、私は慌てて杖で魔法を解除したわ。ラビットは動きを止めると、何が起きたか分からない、と言う風に立ち竦んでいたわ。そして、私を一瞥すると、急いだ様子で跳ねて行った。襲う気配はなかったわ。
私は背筋が冷えたわ。モンスターだって生き物だわ。思い通りに動かせるんだもの。全部のモンスターに通用するかは分からないけれど、何でもさせられる、と考えるとゾッとしたわ。それからは、威力を弱めて使うと決めたわ。
ちなみにスライム使った時は、威力を弱めておいたわ。
威力を弱めると、効果が薄くなるわ。そう、これが重要よ。私は拳をグッ、と握った。
ダーク・マインドは、普通に使うと、モンスターを操る事が出来るわ。威力を弱めると、モンスターが好意的になるの。襲って来ない、好かれやすくなる、と言う感じかしら。
そう、好かれやすくなるの。
私は動物には嫌われるけど、ダーク・マインドを使えば、モンスターに好かれやすくなるの!それに、モンスターが協力的だった場合、使い魔のような感じで一緒にいられるのよ!触れ合えるし、モンスターとの戦闘に協力してもらうことも出来るわ。
私にとっては、最高よ!好かれやすくなることで、本当に触れ合えるかもしれないもの。戦闘はその子達に聞いてみれば良いわね。無理強いはするつもりはないし。やる気がある子がいれば、戦力になるわ。
小さいモンスターでも、大きいモンスターでも、仲良くなれるかもしれないし。……出来れば可愛いモンスターが良いのだけれど。私の頭にラビットが浮かんだ。
そう言えば、初めてダーク・マインドを使った時、ある男の子に会ったのよね。
◆◆◆
ラビットが跳ねて行った辺りの茂みから、わ!と言う声が聞こえたの。私はそちらを見る。緑の脇から、ミディアムヘアの青色の髪をした男の子が顔を出す。見た目からして多分年が近いわね。男の子は慌てたようにこちらに転がり出て来ると、私が見ているのに気付いて、照れ臭そうにはにかみ、頭を下げたわ。
「あ……こんにちは。」
「こんにちは。」
私は微笑みかける。少し汚れているけれど、品の良い服装をしていることから、貴族だと分かったわ。両親に連れられて家に遊びに来てる子かしら?そう言えば、誰か尋ねて来るってお父様達が言っていた気がするわ。
それにしても、と私は目を細める。元が二次元、それも乙女ゲームのせいか、私から見るとこの世界の人って美男美女ばかりなのよね。この男の子も幼いけど顔が整っているもの。何とも言えない気持ちになる。ふと遠い目になった。そんな私に、彼は、すぐに表情を変え、銀色の瞳を輝かせる。両手の拳を握り、興奮したように大きな声で言った。
「凄いですね。今のラビットですよね?良く襲われませんでしたね。」
「ええ……、魔法が使えますから。」
ラビットをダーク・マインドで操っていたとは言えず、私は曖昧に微笑んだ。身内や家庭教師以外に褒められたのは初めてね。心の中で太陽の光が差す。男の子はもう一度、凄いですね!と言った後、急に顔を曇らせる。どうしたのかしら?そして、俯いてしまった。
「僕、魔法が上手く使えないんです。僕は弱いんです。……貴方は、凄いですね。」
眉を下げて寂しそうに微笑む男の子の姿に、私は眉間に皺が寄るのが分かった。私だって、全然魔法を使いこなせてないわ。私は速い歩みで男の子に近付くと、え、と目を見開く彼の前で立ち止まった。そして、腰に手を当てて言う。
「私だって、まだ使いこなせてないですわ!全然弱いんですの。」
「そうなんですか?」
大きな目を丸める男の子に、私はすぐさま首を縦に振る。
「そうよ。まだまだですわ。でも、私は頑張ります!夢のために!」
私は拳を握った。目指せモンスター天国よ!男の子は夢……と考えるように視線を斜め上に向けた。私は聞き返す。
「そうですわ。貴方の夢は何?」
「僕の夢は……。」
彼は、言い淀んだ後、両手の拳を握って言った。
「僕の夢は、騎士になることです!家族や周りの人々を守りたいんです。」
強い目付きで言った後、彼は眉を下げた。彼は俯き気味になる。
「なれるかは分かりませんが……。」
自信なさそうに言う男の子に、私は首を横に振った。周りの人を守りたいなんて、良い夢じゃない!私とは全然違うわね。私は自分が恥ずかしくなった。とは言っても諦めないけどね。私は彼に向けて手を差し出す。彼は目の前に出された手に目を瞬かせた。私はこちらに目を合わせる彼に微笑む。
「騎士になるなんて良い夢!凄いですわね!お互いに頑張りましょうね!」
男の子は私の顔と手を交互に見た後、にへら、と笑った。わ、男の子だけど可愛い……。彼は私の手を取り、はにかむ。子供体温だからか、手が温かい。
「ありがとう。僕、頑張ります。」
「ええ。私も。」
男の子の顔を見て、私は決意した。私も頑張らないと!それに、この子の夢のように、人の役に立てるようになりたいわ。
私達は暫くそのままの体勢だった。
暫くして、手を離し、私は男の子に尋ねる。
「貴方は、誰?私は、イーヴィー・ミーハナブル。両親がこの領の主なの。」
男の子は驚いたように目を見開くと、背筋を伸ばして立った。そして、名乗る。
「僕は、リーヴァイ・グレンです。」
同じ王国に住んでいると言うリーヴァイは、両親に連れられて来たと言ったわ。年齢を聞くと、同じ九歳らしいわ。やっぱりね!
「同じですね。私も九歳なのですわ。」
「そうなんですか?」
リーヴァイは嬉しそうに目を輝かせた。
「イーヴィーさん、宜しくお願いします。」
手を伸ばすリーヴァイ。イーヴィーで構わないのに。私は手を握りながら、笑顔を向けた。
「こちらこそ、宜しくお願いします。イーヴィーで構いませんわ。」
「はい、……イーヴィー。」
リーヴァイは頰を赤くして笑顔に向けてくれた。
後で屋敷に帰ると、皆私とリーヴァイを探して騒ぎになっていたわ。お父様達に揃って怒られてしまったわ……。私とリーヴァイは顔を見合わせ、苦笑いした。リーヴァイのご両親は侯爵で、リーヴァイは侯爵子息みたい。後で彼の兄妹にも会ったわ。お兄さん一人と弟さん一人がいて、妹さんが二人いたわ。皆と仲良くなったの。
それ以降、リーヴァイ達がご両親に連れられて来ることが度々あった。遊べて楽しいわ!リーヴァイって頭良いと思うわ。手紙でもやり取りするようになったの。騎士を目指して頑張るって。友人が増えて良かったわ。一番仲良いのはやっぱりリーヴァイね。
お互いに勉強したり、魔法の練習もしたわ。リーヴァイが騎士になるとは言え上達したい、と言っていたの。やる気ね。リーヴァイは水属性の魔法が得意みたい。徐々に上達して行ったわ。
私の両親も嬉しそうだったわ。息子達と仲良くして欲しい、と言うリーヴァイ達の両親には、はい!と勢い良く返事をしておいた。勿論よ!
◆◆◆