十五話
私は目を瞬く。自分達の元に来れば良かった、と言うリーヴァイに、私は首を横に振った。確かに少しは考えたけれど。王都はアーマルズ王国の王都に近いし。同じ国にいるとは言え、リーヴァイ達を頼るのは、気が引けたのよ。
「迷惑になるかと思いまして……。」
私が目線を泳がしながら言うと、リーヴァイは食い気味に大きな声で返した。
「それはない!」
急な大きな声に、私は身体が震えた。びっくりしたわ。目を見開いて彼を見つめる私に、彼は静かに続ける。
「……もっと周りを頼るんだ。後になってから聞かされる、こっちの身にもなってくれ。」
射抜くような鋭い視線に、私は目を逸らしつつ答える。
「分かりましたわ。」
買い物が終わった後。私はリーヴァイに一旦家に荷物を置いてから、村の食堂に行くことを提案した。少し早いけれど、お昼に良いと思ったの。話をするのにも良いわ。彼はああ、分かった、と微笑んで了承した。
村の食堂にて。幾つもあるテーブルに沿って四つ配置されている椅子にリーヴァイと向かい合って座った。鞄は隣の椅子に置いたわ。私は肉料理、リーヴァイは魚料理を選んで食べた。メニューにはパスタ等の料理があって、美味しいわ。香辛料の数は少ないみたいだけれど、味は似てるのよね。香辛料の種類が少ない分、工夫して料理されているわ。お菓子も似たようなものがあったわ。
ラビット達にはお店に入る前に餌をあげたわ。お店の中だから転移で戻したの。私は紅茶にミルクを入れ、麦芽糖を多めに入れてスプーンで混ぜる。リーヴァイは紅茶にミルクを入れていたわ。
転生する前は普通の白砂糖だし、イーヴィーになってからは貴族と言うこともあり白砂糖だった。だから最初は慣れなかったわ。それでも領地に行ったりする中で、少しずつ慣れたの。今はもう特に違和感を感じることはないわ。
時々白米を食べたいとは思って探したけれど、スミニアナ王国では見つからなかったわ。今度アーマルズ王国でも探してみようかしら。
……すぐに調べられたスマートフォンが少し懐かしくなったわ。
リーヴァイと様々な話をした。アーマルズの国王様達と謁見した時と話した時、リーヴァイはそうか、と言って遠い目で上を見ていたわ。小声で何かを呟く。そんな彼に私は苦笑した。もしかしたらそのこともお父様達から手紙で聞いていたのかもしれないわ。聞いたけど信じられない、と言った風に見えるもの。
女侯爵の爵位を貰ったことを話すと、流石に目を見開いて息を呑んだわ。前のめりになり、椅子が音を立てて揺れる。
「それは本当なのか!?」
寝耳に水と言った表情。そんな彼に、私は苦笑して返したわ。
「私も信じられませんわ。」
リーヴァイは椅子に寄りかかると、驚いた、信じられない、と呟いた。
リーヴァイが落ち着いた後で、私は王都の魔術師の試験を勧められたことを話した。彼は数回銀色の瞳を瞬かせた後、目元を緩ませた。口元が孤を描く。目は何かを含むように輝いている。
「良いんじゃないか?」
リーヴァイは銀の瞳を細めて付け加える。
「どうせなら王宮の試験を受けたらどうだ?」
リーヴァイは心配だからと言い、住むのに良い場所も紹介する、と言ってくれた。
王宮の魔術師の試験。私は目を瞬く。眉間に皺が寄るのが分かった。王宮……、王都の試験より難しそうね。学園では魔術師の勉強はしていたけれど、王宮の試験を受けて大丈夫なのかしら。勉強道具は、少し離れた地で買うとして……。
それにしても、リーヴァイは試験を受けることには賛成みたいね。まあ、そうよね。さっき何故王都に来なかった、と言っていたし。
それでも。私は目を瞑り、考え込む。
リーヴァイがいる王都に行くのは良いかもしれないわ。王宮での魔術師、と言うのも気になる。
でも私は、今のこの村での生活を気に入っている。皆親切だもの。最近魔術師としても働き始めたし、勉強したら卒業資格を得られるわ。
勧めてくれた国王様達やリーヴァイには悪いけれど。やっぱり。
暫くして、私は目を開ける。そしてこちらを窺うリーヴァイに首を横に振ったわ。
「私は今のこの村での生活を気に入っていますの。王都や王宮の試験を受ける気はありませんわ。」
眉が下がる。私は声を落として言葉を付け加えたわ。
「……ごめんなさいね。」
不思議なことに、リーヴァイの顔色は変わらない。彼は鋭い視線でこちらを見ていたわ。気まずくて、目を逸らし、身じろぎをしたの。彼がふ、と笑う気配がしたわ。再びそちらを見ると、彼は何かを企むような笑みを浮かべていた。彼はその表情のまま、続ける。
「王都にくれば、色々な甘味が食べられるが?」
私の脳裏に、色取り取りの様々なお菓子が浮かんだ。ケーキ、クッキー、プリン……。甘い香りと味が脳裏に浮かぶ。いえ、と私は心の中で頭を振って消す。この村や近くにもあるし、王都に行く理由にはならないわ。
「服も色々ある。」
次に、様々な色や生地のドレス等が頭に浮かんだ。貴族の爵位を貰ったし、服があるとは言え、普段平民の服を着ているのよね。この村で普段ドレスを着るのも変だし。そして心の中で首を横に振る。まあ、それは平民として生きるつもりだったし、……問題ないわ。
「王都じゃなくて、王宮の試験を受ければ、モンスター達とより一緒にいられるんじゃないか?モンスター達はミーハナブル領から呼んでいるんだろう?」
リーヴァイは更に付け加える。
「王宮の魔術師なら、近くに連れて来れるんじゃないか?」
雷に打たれたような衝撃を受けた。モンスター達と一緒に?しかもアーマルズ王国に?それは、何て素敵な……。
ガタ、と言う音が耳に入り、我に返る。周囲のお客の何人かが私に目を向けている。私は自分が椅子から腰を浮かしていることに気付いたわ。軽くごめんなさい、と声をかけ、何でもない顔を貼り付けて椅子に座り直した。気分を落ち着けるために、カップを傾ける。紅茶の香りが口の中に広がる。
リーヴァイに目を向けると、彼はククク、と小さく笑っていた。私がリーヴァイ、と声をかけ睨むと、彼は片手を上げ悪い、と全く悪びれない様子で謝った。その様子に私は眉間に皺が寄るのが分かった。彼はそんな私に、銀の目を細めて問う。
「で?どうだ?王都に来る気になったか?」
私は目を逸らしつつ答えた。
「モンスター達と今よりいられるのは、確かに魅力的ですわ。……でも、お菓子は村や近くにもありますし、服も問題ありません。王都に行く理由には……。」
後半になるにつれて声が小さくなったわ。尚も渋る私に、リーヴァイは眉を下げる。彼は出来ればドラゴンやモンスターの力を貸して欲しい、と言った。私はそれに構わないわ、と首を縦に振った。少し遠いけれど。
……あら?結局王都に行くことになるのかしら。私は視線を下に向けて考える。
そんな中。イーヴィー、と名前を呼ばれ、私は再び顔を上げる。
リーヴァイは真顔でこちらを見ていた。訴えるような瞳。私は息を呑む。
「イーヴィー、王都に来て欲しい。」
リーヴァイは真剣な物言いをした。次に彼は眉を下げ、こちらの顔を覗き込む。
「……ダメか?」
心が揺れる。
出た!リーヴァイのこの仕草に私は弱いのよね。
私は子供の頃の彼の顔を思い出す。小さな少年が彼に重なる。
それを知ってか知らずか、銀の目を逸らさずにじっとこちらを見ているリーヴァイ。私はため息を吐いた。
……負けたわ。