十話
会場から飛び立った後。私はある場所にドラゴンを着陸させたわ。
「ありがとう、ここで良いわ。」
私はブラック・ドラゴンに向けて微笑む。見上げた先の黒いドラゴンはギャア、と鳴いた。私が右手で杖を振ると、下に白い魔法陣が出現する。魔法陣が光り、ドラゴンが上から煙のように消えて行ったわ。ドラゴンを元の場所へ転移させた後、私は顔を上げ、目の前の建物─寮を見て、目を細める。
皆、私がドラゴンへ乗って何処か遠くに行ったと思っているに違いないわ。早く用事を済ませましょう。
私は、ダーク・ミストを使った後、一旦学園から離れた後に、敷地に引き返して来たの。周りには私が遠くに行ったと見せかけるためにね。
目的は、寮に置いてある荷物を取りに戻るため。流石にダンスパーティの鞄で、杖やアクセサリーだけじゃ国外に出られないわ。それに、ダンスパーティのドレスじゃ動きにくいもの。これじゃ街中は歩けないわ。
私は、杖を振った。青い光が灯り、水属性魔法のウォーター・ミストで霧を発生させる。次に杖を振り、今度は黒い光を灯し、闇属性魔法のダーク・ミストを使った。普通にダーク・ミストを使うより、ウォーター・ミストを使ってからの方が、効率が良いのよね。"ミスト"が水蒸気だからかしら。
私からは周りが普通に見えるけれど、周りからは私の姿が見えないの。さっきまでは、ブラック・ドラゴンも一緒に見えなくなっていたわ。効果の代わりに効果時間が短いから、途中で魔法をかけ直さないといけないの。注意しないと。
静かに、急いで階段を上がる。私の部屋は寮の七階の七〇五号室。私は杖を振り、魔法で部屋の鍵を解錠した。まだ開けられるのね。私は安堵からため息を付いた。部屋を見ると、いつもの私の部屋。荷物はまだ片付けられていない。
私は一度息を付いた後、杖を振った。杖が緑色に光り、風属性の魔法で、部屋の荷物が出て来る。ダンス用のドレスから普段のドレスに着替える。後で街に出た時、庶民用の服装に着替えないと。
私は魔法で拡張と軽量効果のある大きな茶色いバッグを手に取ると、魔法を使いつつ荷物を入れた。粗方入れ終えると、買ったお菓子や飲み物なども入れ、鞄を閉じる。魔法のおかげであまり時間がかからなかったわ。
ふう、と一息付いた。更に、友人達に感謝と謝罪、別れの手紙を書く。時間がないからまとめてだし、短いけどね。一応クラスメイトと、教師達にも。それを机の上に置いておいたの。途中でダーク・ミストが切れてしまったので、部屋を出る前にさっきと同じ手順でかけ直しておく。
そして私は扉を開け、鍵をかけ直し、部屋を出たわ。寮から離れ、敷地の外に出る。私はダーク・マインド・アピアーを使い、ドラゴンを呼び出す。
白い魔法陣が展開し、黒い炎が湧き上がり、渦となる。その上に、ブラック・ドラゴンが転移されたわ。ブラック・ドラゴンは、こちらを見て、ギャア、と鳴く。私はダーク・ミストをドラゴンにもかける。
「今度こそ学園を出るわ。また、よろしくね?」
ドラゴンは応えるようにギャア、と鳴いたわ。私は身を屈める黒い背中にバッグと共によじ登った。忘れ物がないか確認した後、黒い背中を軽く叩く。黒い翼が広げられ、私達は飛び立ったわ。
私は上から身を乗り出し、下を見る。上から見ると、校舎が小さく見えるわ。私は細める。
友人、クラスメイト。他に関わった生徒達に、教師達。様々な顔が脳裏に浮かぶ。色んなことがあったわね。
下をじっと見たままの私に、ブラック・ドラゴンは不思議そうに鳴いた。私は、首を横に振って、ドラゴンの硬い背中を撫でた。
「何でもないわ。……行ってちょうだい。」
ギャア、とブラック・ドラゴンが鳴いて返事をする。そして、今度こそ私達は、上へと飛んで行ったわ。
もう、振り返ることはしなかった。
さようなら、イーブル魔法学園。
◆◆◆
学園を出てから、私は王都の端でドラゴンから降りて、アクセサリーを換金したの。続いてドレスからワンピース、靴などと言った平民の服装に全身着替えたわ。これなら貴族だとバレないもの。
ミーハナブル領にも寄ったわ。実家に置いてある荷物と、……最後に両親の顔を見れたらと思って。いるかは分からないけれどね。先程と同じような流れで屋敷の近くで降りて、ドラゴンは元の場所へ転移させたわ。ダーク・ミストをかけ直し、静かに屋敷の中に入る。屋敷は、いつも通りだったわ。まだイーブル魔法学園からの連絡は来てないみたい。部屋に行き、荷物を入れた後、両親・お兄様達に向けての手紙を書いた。そして最後に両親を探しに行った。お父様は残念ながらいなくて、お母様は温室にいたわ。花を愛でるお母様に、目を細める。
お父様、お母様、さようなら。
私はお母様に背を向け、静かに去る。敷地を出て、ダーク・ミストをかけ直し、ブラック・ドラゴンの背に乗った。最後にずっと過ごして来た屋敷をじっと見てから、飛び立つ。
身体を横向きに打ちつける風が冷たい。空には鳥が飛んでいて、飛行モンスターも遠くに見かける。
私を見たせいか、それともドラゴンを見てか。鳥は、慌てて避けていく。相変わらずの嫌われようね。私は苦笑いをした。
空は茜色で、外に真っ赤な日が見える。私の心境とリンクしたような光景に、私は目を細めたわ。私はここから何日かかけて、隣国のアーマルズ王国に行くつもりなの。リーヴァイがいる国ね。アーマルズ王国はスミニアナ王国とは敵対していないし、もし入国しても面倒なことになる危険性はないわ。
それでも、と私は目を細める。私はアーマルズ王国では違うけれど貴族で、アクセサリー等は持っている。元がゲームの異世界で大体似たような流れを沿っているとは言え、今は現実。私がいた現代の日本でもそうなのに、犯罪に会わないとは限らないわ。お金目当てなら、泥棒、強盗とかね。……ゲームのイーヴィーだったらもっと危険な目に会っていた可能性があるわね。
契約しているモンスター達や魔法が使えるから良いとは言え、気を付けないと。私は左手の拳を握った。
ギャア、と言う鳴き声がして、下を見る。ブラック・ドラゴンが、私を見ている。
大きめの鳥達や飛行モンスター達の中には、威嚇して寄って来るものもいるの。モンスター達はともかく、鳥達は勇気あるわよね。鳥達はギャア、ギャア、と大きな声で鳴きながら目を吊り上げて私やドラゴンを突こうとして来るの。ドラゴンが鳴いて威嚇すると、鳥達は攻撃せずに逃げて行くの。飛行モンスター達は、体当たりしたり、魔法等を使って攻撃しようとして来るわ。ドラゴンが火を吹くと、結局逃げてしまうけれど。
その日は、辺りが暗くなってから、王都からある程度離れた領の街にダーク・ミストをかけてから着陸して、ドラゴンを魔法陣で転移した。転移する前に、疲れているだろうから、火属性魔法で魔力の球体を作って、食べてもらったわ。それから宿を取ったの。豪華な宿ではなく、普通の宿泊客が泊まる宿よ。遅い時間だったけれど、空いていて良かったわ……。
王都を出た次の日に、王宮へ手紙を送ったわ。冤罪について、これまで王子達にされたことについて。ティフィーへの嫌がらせについてもね。教師や校長達には犯人の名前と悪事の手紙を送り付けたわ。
ここまでしたのだから、揉み消さずにきちんと調査して欲しいわ。私は無実よ。