一話
「イーヴィー・ミーハナブル、お前をイーブル魔法学園から、いやスミニアナ王国から追放する!」
金髪に赤色の瞳を持った背の高い美男子……、この国の王子、ブレーズ・スミニアナは、私、イーヴィーに人差し指を向ける。そして、自信満々に、声高々に宣言した。私はそれに眉に皺が寄るのが分かった。
横を見ると、何人かの男子と数人の女子に囲まれたミディアムの赤髪に赤色の瞳の可愛らしい顔を持つヒロイン、ティフィー・オダンの姿が見えた。不安そうにこちらを見ている。両手の拳が握られているのが見えた。
やっぱり、ダメだったのね……。ゲーム通り、ってところかしら。
私は内心ため息を吐いた。
◇◇◇
大きなクラクションを鳴らしながら目の前に迫って来る車に、私はなすすべがなかった。
◇◇◇
目が覚めると、私は見知らぬベッドにいた。ハッと息を呑む。ここ、どこ?何が起きたんだっけ?確か、車に引かれて……。頭が叩かれたように痛い。私は頭を抑える。辺りを見回す。病院には見えない、見慣れない場所。まさか、誘拐!?事故の次は、誘拐!?
辺りを見回すと、煌びやかな内装。美しい家具に、黄色い光を放つ大きなシャンデリア。柔らかそうなカーペット。下を見ると、ネグリジェ。全体的に、豪華でお金がある家、いや屋敷と言った内装である。こんな屋敷の持ち主がただの高校生の私を誘拐するの?私は眉に皺が寄るのが分かった。おかしいわ。
横を見ると、細かな装飾の付いた大きな鏡。そこに映った姿に、私は思わず手を伸ばした。鏡の中で、長い茶髪に蜂蜜色の吊り目の少女の伸ばした手と自分の手が重なる。外国人は綺麗に見えがちだけど、この子が幼いながらに整った顔立ちだと分かる。見覚えがある……、ゲームの画面で見た姿に私は思わず息を呑んだ。
「イーヴィー、の子供の頃?」
鏡の中の美少女……イーヴィ・ミーハナブルは、目を見開いている。私は思わず大きな声で叫んでしまった。
「……まさか、私!?私、死んでゲームの世界に生まれ変わったの!?しかもイーヴィーに!?」
とても信じられない!
イーヴィー・ミーハナブルとは、以前私がプレイしたとある乙女ゲームに登場する悪役令嬢よ。ゲームの舞台はスミニアナ王国にある貴族が通うイーブル魔法学園。ジャンルは恋愛かつ魔法が登場するファンタジー。イーヴィーの爵位は侯爵。攻略対象にはブレーズ王子など様々なキャラがいる。
イーヴィーはゲーム内でヒロイン、ティフィーの邪魔をして来る。ティフィーは、光属性の魔法を使えることもあり、平民だけど特待生として貴族の通うイーブル魔法学園に入学したの。
イーヴィーは幼い頃からブレーズ王子の婚約者候補なのだけど、当の王子にはあまり好かれていないのよね。どのルートでも最終的に三年目の最終学年の学園のダンスパーティの時に断罪され、国外追放されてしまうの。王子に追放を突き付けられた時、「私は貴方をお慕いしております。」と泣いて縋るシーンが印象的なのよね。その時のブレーズ王子は、「悪いが、私は貴方をそのように思ったことはない。」と言うの。
イーヴィーは婚約者ではなくてあくまで候補なのだけど、顔が見えないのもあって、二人の過去を想像するファンは少なからずいるみたい。
鏡の中の少女は顔を歪めた。眉が下がり、蜂蜜色の瞳が細まる。誰とのルートでも、最終的に国外に追放されるのよね。命が取られないだけマシかしら?
見たところ、まだ幼い。六歳くらいかしら?
鏡の中のイーヴィー……私は、一度瞬きをすると、鋭い目付きになった。
私は拳を握り、振り上げて決意した。私は私。ゲームみたいに、追放される訳には行かないわ!
それから。魔法が使える世界なので、私は屋敷に篭って読書をして勉強した。たまに集中し過ぎて、お父様やお母様、二人のお兄様達に怒られたわ。使用人にも心配をかけてしまったわ。家族や使用人達は最初は性格の変わった私に困惑していたけれど、そのうち慣れたわ。今では見守ってくれてる。
勿論勉強だけじゃなくて、実際に魔法の練習もしたわ。幸いイーヴィーはゲームで強いし、私も魔法が強くなる可能性は充分あるわ。初めて使う時は心がボールのように弾んだわ!詠唱を言って、杖に魔力を纏わせると、氷の粒が出て来た。白い結晶に、感嘆のため息が出た。本当に、魔法が使えるのね……。威力の高い魔法が使えれば、追放される可能性が減るし、最悪国外でも魔法を使ってやっていけるから、頑張ることにしたわ。
お父様達は貴族で女性なんだしすぐに強くならなくても、と心配していた。せめて八歳になってから、と言っていた。でも私の意思が固いのを見て渋々納得してくれたわ。基本私の望むことをさせてくれる。
ただ少しやり過ぎな気がするわ。甘いものが食べたい、と言ったら、山盛りのケーキを出したりして来るの。見てる分には綺麗だけど、そんなに食べきれないのに……。ちょっとした怪我をしただけで使用人を叱り付けたり。私が悪かったから、とお父様達を宥めたわ。イーヴィーは何て優しいんだ!と感激していたけれど。
ゲームにはあまり出て来なかったけれど、元のイーヴィーの性格には家族が影響してる可能性が高いわね。愛されてはいるし、私も家族のことは好きだけれど。生まれた時からああなら、それが普通だと思ってても仕方がない気がするわ。
魔法の練習の際には、的や魔導具などを用意してくれた。魔法を教える家庭教師を付けてくれたり、自分で練習する時は使用人が見守っている。
お父様達は少し心配し過ぎな気がするわ。でも、十歳にも満たない年齢だし仕方がないかしら?
ある日の授業の時。私が杖に魔力を込め、魔法を使った後、家庭教師の先生である三十代の女性は笑顔を向けてくれた。
「イーヴィー様は、筋が良いですね。同年代の方よりも、魔力を扱うのが上手いです。」
「本当ですの!?」
身の乗り出して尋ねる私に、先生は頷いた。
「はい。」
私はキャー!と高い悲鳴を上げた。心の中で外と同じように太陽が燦々と光を放つ。やったわ!家庭教師のお墨付き!このまま頑張れば、凄い魔法使いになれるかもしれないわ!
「では、次の魔法を……。」
次の練習に移る、と言う先生に、私は笑顔で頷く。
「ええ、分かりましたわ。」
イーヴィーになって、困ったことがあるの。それは……。
目の前に、茶色いもふもふの毛玉が毛を逆立たせている。毛玉の口からはフシャー!と言う鳴き声。鋭い茶色い目。耳はイカ耳になっている。毛玉……、猫は、私に威嚇すると、素早く屋敷の草むらに突っ込んで行った。ガサ、と音を立てて揺れる緑。遠ざかる茶色の猫……。
私は、肩を落とした。はあ、またね……。
イーヴィーになってから、動物に嫌われている。猫、犬、馬車の馬など皆威嚇して来る。怖がっているみたい……。お父様達に聞いたら、ミーハナブル家の家系は皆そうらしいわ。たまに大丈夫な動物もいるみたいだけど、私は全滅。皆怖がるの。馬車に乗る時は、業者が馬を落ち着かせて、素早く乗降することにしているわ。触ってみたいのだけれど……。
私は前世から動物好き。何もしていないのに動物に嫌われるのは、ショックが大きいわ。はあ……。
ところで、この世界は魔法に六つの属性があるわ。火・水・風・土・光・闇がそうね。四大属性は使う人が多いけれど、光・闇魔法を使える人は少ないみたい。例えば氷の結晶を出そうとしたら、水属性の魔法を使うわ。私は火・水、更に闇属性の魔法が使いやすいのだけれど……。
──ダーク・マインド
私が右手で振り上げた杖を魔力を込めると、杖先に黒い渦が生じる。振り下ろすと、渦が赤色のスライムに向かう。スライムに当たると、全体を黒い光を覆い、大きな目の光が鈍くなったわ。