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scene4 私は、かみ先生のような優しくて笑顔が素敵な先生に……なれなかった……

 私……嫌われているの? 何故? 私が……何をしたの? 


 先輩先生の言われている事が理解できなかった自分が悪いのか……。


 どうしてこうなってしまったのか……もう……自分では……分からなくなってしまっていた。

 実習でとても優しかった先生達……でもいざ、現場に入ってみると何か園内の雰囲気が……違う。


 厳しい言葉遣い……できない子どもにため息をつく先生達……。私がイメージしていた園の雰囲気とは、かけ離れていた園内の現実だった。


 私は0、1歳児クラスの1歳児、すみれ組の担任となった。


 クラス担任は、私を含めて4人。その先生達をまとめる主担任の先生は、須田美和先生。実習の時にとても優しく、親切に指導して頂いた先生だった。


 なので、1年目で不安も多かった自分にとって美和先生と同じクラス担任と聞いて時は、とても心強かった。


 でも……実習の時にはわからなかったけど、日頃の美和先生の保育は……私が実習の時に感じていた美和先生とは、ちょっと違っていた。


 どこか言葉かけが乱暴で、可愛がる子どもとそうじゃない子どもとを区別していて、1年目の私が言う事じゃないけど、なんか……優しくない。


 しかも他の先生達は、美和先生と仲が良いらしく、それに同調してしまう事が多々見られて、子ども達が何となくクラスの先生達に懐いていないように感じていた。


 そのせいか他の先生が担当している子どもが、まだクラスの子ども達の名前も覚えきれていない、新任の私を頼ってくる事が多々見られるようになっていた。


 その度に…先生達の冷たい視線が私に向けられているような感じがしていた。

自分に優しくしてくれない先生を、子ども達はちゃんと分かっている……そんな先生を避けたい、子どもの気持ちは……分かってる……だけど…そう思いつつも…


「ほらほら、美和先生がパンツ持って待ってるよぉ!」


 と、先生達の機嫌を損なわない様に、気を遣いながら子ども達に声掛けをするようしていた。


 それでも、次第に、先生達の私に対する態度が…明らかに変わり始めた。まだ就職して半年も経っていないのに……。


【只々…辛い日々……】


 その週、私は、排泄の担当だった。なので紙パンツのストックの数を確認する為、準備をしていると、同じクラス担当の菜美先生から……


「それ、もう終わったから……」


 後ろに立っていた菜美先生が私に背を向けたまま、冷たく言い放った。


 私は『えっ?』と思いつつも、直ぐにお礼の言葉を返した。


「すみません…お世話になりました」


 そう言うと私を『キッ!』と睨み、


「神先生! そこは『お世話になりました』じゃなくて『有り難うございました』でしょ!」


 強い口調で言われてしまった……


「は、はい、有り難うございました」


 私は、直ぐに言い直した。


 そして私が立案した日案の活動計画を、急に変更させられ、子ども達の前でしどろもどろする私を後から見ながらコソコソと話していたりと保育に支障をきたすこともあった。


 他にも休憩時間を飛ばされたり、申し送りの内容を私だけ知らなかったり……日に日にそれはエスカレートして行くように感じていた。


 それでも私は『私はかみ先生みたいになるんだ』と自分に言い聞かせ、歯を食いしばって頑張った。何より大好きな子ども達が私の名前を呼びながら、駆け寄ってきてくれることがすごく励みになった。


(1年、とにかく1年頑張れば今よりもっと保育士として成長できている。そうすれば他の先生達の、足手まといにならなくなる、先生達の期待に応えないといけない)


 そう自分に言い聞かせた。


 そんな辛い毎日を送っていたけど給食の先生、管理栄養士の美香先生は、私の事を気にかけてくれていた。毎日フラフラだった私に気がけて声を掛けてくれて、休憩時間には、こっそり甘いチョコレートや手作りのクッキーをくれたりした。


「ほら、きみ先生! チョコだよ! 甘いもの食べて頑張れ!」


「ありがとう……ございます」


 貰ったお菓子を食べながら、涙を流した日もあった。


 そして、主任も新任の私の事を気にかけてくれていた。職員室に行くといつも優しい言葉をかけてくれていた。


「先生、無理しないで、何かあったら私にでもいいからなんでも相談してね! 先生が頑張っていることは、みんな知っているから安心して子どもに関わってあげてね!」


 主任のこの言葉に、私は随分救われた。この優しさがあったから私は、次の日も、その次の日も頑張れた。私に何かあったら主任が助けてくれる……その時は……そう思っていた。


 ある朝、いつもの様に出勤して始業前の事務処理をする為、職員室にノックをして入った。


『コンコン……』


「失礼します……」


 職員室に入るとそこには、園長先生、主任、美和先生が話をしていた。だけど何故か、私が入ったと同時に3人が一斉に私の方へ顔を向け、私に気づいた途端、気まずそうな雰囲気になって3人とも黙り込んでしまった。


(会話を止めてしまった、何か悪い事したな……)


そう思いつつ事務処理を手っ取り早く済ませた私は…


「失礼しました…」


 そう言って一礼をし、職員室を出た。


 そしてその事があった次の日の午前の保育中、主任が私を訪ねて保育室にきた。


「神先生、園長先生から話があるそうだから、休憩時間に園長室に来てもらってもいいかな…」


 主任から告げられた園長先生からの突然の呼び出し。私は、ちょっとびっくりしたが『はい!』と返事を返した。


『なんの話だろう?』と考えながら午前の保育が終わり休憩時間、主任と一緒に園長室へ向かった。


「失礼します…」


 と園長室に入るとすでに園長先生がソファに座っていて、応接テーブルをはさんで向かいのソファへ座るように促された。


 主任は、園長先生の後ろに立っている。なんだか2人の顔が険しいのが気になった。


 そして園長先生からの話が始まった。園長先生は、子ども達だけではなく先生達にもとても優しく接してくれる先生だった。その園長先生が話の冒頭に大きくため息をついた、その時点で私は内心凄く嫌な予感がした。


 そして園長先生が話し始めた。話の内容は……もう思い出したくもない……そんな内容だった……。


 園長曰く、私の保育は、杜撰がさつで保育士として仕事が出来ていないという内容だった……。


 勤務してまだ半年余りしか経っていないのにっ……保育と言う保育をやらせてもらってないのにっ……最近で言えば意図的にさせてもらってないのに……それなのに…………私の保育が杜撰だなんて……。余りの突然の駄目出しに……話の途中から園長の声がまったく耳に聞こえなくなった。


 そして私を助けてくれるはずの主任に目を向けると園長先生の隣で同調するように……何度も…何度も何度も! 大きく頷いていた。


『主任……どうして何も言ってくれないんですか……私の事、頑張ってるって……言ってくれたじゃないですか?』


 私は悲しくなった。


 話の結論は、私をクラス担任から外し『フリーを担当して下さい』という事だった。


 フリー担当とは、事務補助と園内環境整備が主な仕事になる。


 前年度フリー担当だった先生が高齢で体調を崩し、退職された為、今年度当初からフリー担当の先生が居なかった。


 しかしフリー担当の件は、年度当初の職員会議で、職員全員で補っていくと決まっていたはず……。フリーになるという事は、子ども達とかかわる時間が少なくなる。一緒に歌ったり踊ったり遊んだり……できなくなってしまう。


 年度途中で、しかもまだ半年しか経っていないのに……私は担任を外されてしまった。


 私の頭の中に『何故?』が繰り返し繰り返し…響き渡った。


(半年で私の何が分かったの? 私の何が杜撰なの? 私のどこが杜撰なの? 誰か教えて! 私は……優しくて……笑顔が素敵な……先生になるって思っていたのに……そんな私の保育が……杜撰だなんて……)


 話が終わり私は、放心状態のまま会釈をして園長室を出た。保育室に戻ると既におやつの時間が終わり、帰り支度をしている所だった。その子ども達が私が部屋に入ると笑顔で走り寄ってきた。


「きみせんせーどこいってたの?」


(そうだ、子ども達の前では、悲しい顔をしてはダメだ)


「ちょっとえんちょうせんせいと、おはなししてきたんだよ!」


 私は、精いっぱいの笑顔を作り、子ども達に語り掛けた。そして今週は、私が音楽の担当だったことを思い出し、お帰りの歌の伴奏を弾く為、ピアノの前に歩み立った。


 すると美和先生がつかつかっと私に歩み寄り言い放った。


「先生、フリー担当でしょ? ピアノは、私が弾くから!」


 そう言いながら自分の身体で私をピアノの前から押しのけようとした。


(なんで美和先生その事知ってるの? たった今園長先生と話したばかりなのに……)私が呆然と佇んでいると……


「何してるの? 早く変わって!」


 この言葉を聞いた私は、この時……自分の中の何かが……プツッと切れた音が聞こえた……そんな気がした……。


 私は、美和先生の弾くピアノに合わせて、並ぶ子ども達の後ろに回り、おやつのお皿を片付け始めた。


 お皿をカートに乗せて給食室に運ぶと丁度、美香先生がカートを回収する為、給食室から出てきた所だった。


「きみ先生お疲れ様! ん? きみ先生どうしたの? 顔色悪いけど、気分でも悪いの?」


 美香先生の優しい言葉かけを聞いた途端、何故か体の力が抜け、その場に座り込んでしまった……そして…意識が薄れていった……。


『きみ先生!……きみ…せ…き……み』


 遠のいていく意識の中、美香先生が私を呼ぶ声が聞こえたのを薄っすらと覚えている。


 その後、気が付くと給食室裏の休憩室で横になっていた。その傍らには美香先生がいてくれた。


「私……?」


「よかったぁ きみ先生……給食室の前で座り込んで動けなくなったんだよ……」


 そして美香先生は、しばらく黙り込んだ後…私の手を握り『きみ先生、ごめんね……』と涙を流した。私が美香先生に問い掛けた。


「美香先生……どうして泣いているのですか?……」


 この問いかけに美香先生は言った。


「きみ先生をこんなに追い詰めてしまっていたなんて……。何もできなくてごめんなさい……」


(そうか、私、追い詰められていたんだ。私、やっぱり私……保育士に向いていないんだ。私は……かみ先生のようには……なれない)

 

 私はそっと……涙を流した。そして天井を見上げ小さな声でぼそっと呟いた。


「園長先生に……私の保育は、杜撰って言われちゃいました……私悲しいです……」


その呟きを聞いた美香先生が少し強めの口調で言い返した。


「そんな事ない! きみ先生は、とても優しいし子ども達の事をよく見てくれてる! その証拠に、いつも沢山の子ども達が先生の周りに来てくれるでしょ! そんな事ない!」


 私の事を庇ってくれる美香先生に小さな声で……


「美香先生、ありがとうございます……」


 そうお礼を言った後、起きあがり保育室へ帰った。


 部屋へ帰っても同じクラスの先生達は何も言わず、私を遠目に見るだけでだった。


 退勤する時間になり美香先生が『心配だから』と駅まで付き添ってくれた。


 本当は、自宅まで付いて行くよと言ってくれたけど、私が『もう大丈夫です』と言って駅で別れ、1人で帰宅した。でも駅から自分の家までの記憶は、虚ろで殆んど覚えてない。


 scene5…へ…もう駄目かもしれない……



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