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scene34 夢見心地

そして……どれくらいの時が過ぎただろう……薄れている意識の中……微かに誰かの声が聞こえる。


(誰か呼んでる、あぁ……どらさんかぁ……もう起きなきゃ……家に帰らなきゃ)


(きみ……)


(違う……どらさんじゃない……男の人……誰?)


(きみちゃ……)


(彼の声……千隼の声が……聞こえる)


「きみちゃん……」


(ほら、また……気のせい……気のせいに決まってる……ここに……もう来るはずない……辛い、辛いよぉ……千隼)


「きみちゃん……」


(気のせいじゃ……ない……? 千隼?)


ゆっくり目を開ける。すると目の前に、私の顔を覗きながらほほ笑む千隼がいた。


(夢? 夢じゃ……ない、目の前に千隼が……いる)


私は、唇を噛み締めながらゆっくり起き上がり、そして彼を抱きしめ耳元で囁いた。


「ごめんなさい……千隼……さん……ごめんなさい……」


そう言いながら静かに泣き続けた。


「やっと、やっと会えた……きみちゃん」


彼は、涙を流す私を、そう呟き優しく抱きしめ返してくれた。そして目を開けると、どらさんの後ろで真咲さんが微笑んで私達を見つめていた。


「真咲さん……真咲さんも来てくれたんだ……」 


そう言うと、どらさんが申し訳なさそうに話し始めた。


「きみちゃん、ごめんなさい。どうしてもきみちゃんの事が心配だったから。だから真咲さんに協力したのよ」


「協力……した?」



【真咲さんが描いたシナリオ】


この話は、貴子社長と真咲さんがどらさんに相談した事から始まった。


その時、真咲さんが提案した事、それは『東京から帰った君子さんは、千隼の事を忘れられずに辛い思いをする、何とかしてあげたい。でも2人を、ただ引き合わせるだけでは、この恋は成就しない』だった。


そしてその話の中で、幕内三人衆には私が彼の事を聞く事があっても、無視して欲しいとあった。だから村田さんは、私が彼の事を聞いても全く応じてくれなかった。


でも私が『千隼』と名前を出さなかったから話を受け流す事が出来ていたけど、もし、そこで私が彼の名前を出していたら、我慢できずに計画の事を喋っていたかもって。どらさんも村田さんも内藤さんも毎日笑ってはいたけれど、本当は思い悩んで毎日ふらふらの私を見て、もう泣きそうで今にもぎゅっと抱きしめてこの計画の事を話してあげたかったんだって。


そして、来る日も来る日もふらふらの私を見ていた3人は『きみちゃんが可哀想だから早く合わせてあげて!』と詰め寄ったけど『君子さんの千隼への気持ちを極限まで追い詰めてからじゃないと意味がない』と真咲さんから一蹴されたそうだ。


真咲さんは、私が熊本に帰ってから、こうなるって事を予測していた。そして私の様子は、どらさんが逐一、真咲さんに報告していた。


そして驚いたことに私の両親には、真咲さんと貴子社長もこっそり会いに来られていたらしい。そのとき貴子社長は両親に……


『君子さんが暫くの間、恋煩いになり悲しく辛い思いをするかもしれません。ですが何も言わずに見守ってあげてください。最後には絶対、幸せな結果になる事をお約束します。もし君子さんに何かあった時の責任は、すべて私が取ります』


とまで言ってくれたらしい。だから私がこんなになってるのを一番近くで見ていたくせに、何にも言ってこなかった訳だ!(後日、その時撮った両親と貴子社長と真咲さんが、映った写真を見せてもらった。めっちゃ笑顔だった!)


彼はと言うと……実は私と別れた日、というか別れてすぐ、私が乗った次の便で熊本に行こうとした。それを止めるのに事務所の方々と、貴子社長まで空港に駆けつける程の大騒ぎ(泣くわ喚くわ)になったらしい。(駆け付けた事務所の方々が機転を利かせ、ドラマの撮影に見せかけて大事には至らなかったらしい)


その後、完全に腑抜けてしまった千隼。まったく演技に身が入らなくなり、余りにも仕事に支障が出始めてしまったのでやむを得ず彼には、この計画の事を伝えた。


でも私が自分と会えずに辛い思いをしていると聞き、居たたまれなくなった彼は、目を離した隙に何度も熊本に飛んで行こうとした。計画途中で無謀な行動をとられては困ると、彼には社長命令で給料を真咲さんの管理下におくように指示があり、完全お小遣い制にし、持っているカード類はすべてお母さんが預かった。


そして真咲さんがスケジュールを完璧に掌握し、事務所の方が毎日、現場や自宅まで送迎するという徹底ぶりだったそうだ。もちろんご両親、さくらちゃんとつばきちゃんも全面協力した。


話をすべて聞き終わり、私は泣きながら小さな声で呟いた。


「皆……酷い、酷いよ……。私の気持ちを知ってて……黙っているなんて……酷すぎるよ」


その言葉に真咲さんが答えた。


「君子さん……確かに貴方にとって辛い日々だったと思う。でもあなた達二人の間には、あまりにも高い壁があるという事は、重々分かっていると思います。その壁があるせいで……貴方は別れを切り出した。この試練の一つは……その壁を乗り越える強い心、君子さんの千隼への本当の想いを知る必要があった。


遠く離れていても……頻繁に会えなくても……千隼を想い続ける事が出来る強い心があるかどうか、その事を分かって貰うための試練だったのです。


ありきたりの『好き』では駄目なんです。この先、君子さんには、もっともっと辛く悲しい現実が待っているかもしれません。それでも彼を思い続ける事ができるのか……千隼と本気で付き合っていくというのなら、それぐらいの覚悟が必要になりますよ」

  

真咲さんの答えは、もっともだった。遠く離れた東京で、しかも人気俳優の千隼。そして、熊本の弁当屋でアルバイトの娘、果たしてうまくいくのだろうか。でも、もう覚悟は決めている。住んでいる世界が違うなんてもう絶対言わないし、言っていることが嘘に聞こえるなんて絶対に思わない。彼の全てを受け入れる! だって私は、千隼が大好きだから!


「僕は全然大丈夫、だってきみちゃんが大好きだから!」


そう言いながら彼は私を見つめながら……両手をぎゅっと握ってくれた。


scene35へ……いよいよ最終回なのだ! 


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