scene29 彼の家へ
【仕事中の千隼、やっぱりかっこいい】
次の日の予定は、真咲さんが一日、私に付き添ってくれるという事になっていた。なので事前に『東京観光で何処か行きたい所があったら考えておいてください』と言われていたけど別に行きたい所はなかったので『千隼が仕事をしているところが見たいです、彼には内緒で』とお願いしていた。
朝起きたらちょっと頭が痛かった。これが二日酔いかなと思いつつ『明朝十時にお迎えに上がります 真咲』と書置きがあったのでその時間に合わせ、朝食をとり身支度を始めた。
そして約束の時間の10時、5分前に『コンコン』と部屋をノックする音、ドアを開けると笑顔の真咲さんが立っていた。
私は昨日の事があったのでちょっと恥ずかしくて真咲さんの顔がまともに見れなかった。
「おはようございます、君子さん、準備はぁぁ……できていますね。では参りましょうか」
私は恥ずかしさの余り俯いてモジモジしている。そんな私を見て真咲さんが不思議がって声を掛けてきた。
「君子さん? どうかしましたか?」
「あのぉ……そのぉ……昨夜はご迷惑をおかけして……すいませんでした……」
私は、迷惑を掛けたか掛けてないか分からないまま当てずっぽうでお詫びをした。恥ずかしすぎて俯いたままだった私……すると
「プッ……ブゥゥゥゥゥ!! ワァァッハッッハハハハハハハァァァ!」
真咲さんらしからぬ大きな口を開けての大爆笑! 私は自分で分かる位一瞬で茹でダコみたいに真っ赤になった。そんな真咲さんの大爆笑する姿を見て慌てて問いた。
「わわわわ私なななな何かやらかしましたかっ!?」
慌てふためきながら聞くと真咲さんは手を大きく広げ、私をぎゅっと抱きしめ、それから肩をつかみ顔を見ながら体を揺さぶり
「聞きたいぃ!? ねぇきみちゃん! 昨日ここで何があったか聞きたいぃぃ?!」
真咲さんのはっちゃけぶりに、私がびっくりしていると真咲さんは微笑みながら……
「じゃあぁ、私に『お願い教えて! 真咲さん』って可愛くお願いしてみて! 可愛く言えたら教えてあげる! でもぉぉチャンスは『今』だけ! 『後で教えて』はなし! ではっ! カウントダウゥゥン……スターティン!」
そう言って私を指さしニヤニヤする真咲さん。
(スターティン? なな、何この意味ありげな言い回し? えー私何言ったの? 何やらかしたの? すっごい気になる! 千隼の事? でも怖い、聞きたいけど聞けない……どど、どうしよう……)
「お……おおお……おね……おね……」
私がどうしようかと悩み、どもっていると……
「ブッブゥゥゥ! 残念! 時間切れです。それでは千隼の撮影現場へ参りましょうか」
いきなり会話が終わりいつもの真咲さんに戻ってしまった。えっ? もう終わり? えええっ……真咲さんの意地悪……。
【えええええええぇっ!?】
エレベーターに乗って地下駐車場に行きながら手帳を見る真咲さん。
「この時間の千隼のスケジュールでは……皇居付近での撮影ですね、では参りましょう」
真咲さんの運転する車に乗り込み、皇居方面へ移動を開始した。移動中、真咲さんの顔をルームミラー越しに見つめる。それに気付いた真咲さんと目が合う。
「何か?」
「い、いいえ何でも……ありません……」
と俯いて思わず顔を赤らめる。
(真咲さん……やっぱりすごいイケメン、じゃなくて美形。彼ってこんな人達と一緒にお仕事してるんだ……すごいなぁ)
色々考えている間に皇居付近の撮影現場に着いた。車を停めた駐車場から撮影現場は、ちょっと遠かったけど、たくさんの人が彼の周りに居るのが見える。そこでの彼は、スタッフさんらしき人と身振り手振りで話をしている。遠いからよく見えないけど多分、彼は、真剣な顔をしている。表情は見えなくても緊張感がここまで伝わってくる。
ふと……横を見ると真咲さんが私を微笑ましく見ていた(さっきの事(ホテルでの事)といい、この視線、すっごい気になるんですけど……)
しばらく眺めていると、撮影のスタッフさんと共演者さん達が一斉に散り散りになった。どうやらお昼の休憩に入ったらしい。私達も車の中で昼食をとる事にした。昼食のお弁当は真咲さんが買ってきてくれた『幕の内弁当』。食べ始めると真咲さんが言ってくれた。
「こっちも美味しいけど『幕内』の方が断然美味しいです!」
「でしょ!」
なんてお弁当を食べながら2人で他愛のない話をしていると『ガチャッ』と後部座席の扉が開き、片手にお弁当を持った彼が乗り込んできた。
「千隼さん? びっくりしたぁ! 私達が来てるの知ってたの?」
「もちのろぉぉん! 社長から連絡があったんだよ!」
(もちのろん? なにそれ? 貴子社長、千隼には内緒にしてって言ったのに!)
終始にこやかに話す彼、ここだけの話で共演者の悪口を面白おかしく話してケタケタ笑っている。
そしてお弁当を食べ終わり、撮影に戻ろうとした彼が急に真顔になり、私に語り掛けてきた。
「ねぇきみちゃん、良かったら今日は、僕の家に泊まりに来ませんか? 勿論、きみちゃんが良ければの話だけど……」
「!!!! ちちち、千隼さんの家に? わわ、私が?」
突然の誘いに戸惑っていると真咲さんが間髪入れずに聞いてきた。
「どうしますか、君子さん?」
(どどど、どうしますかって真咲さん察してっ!)
「ででででもホテルは、よよよよ予約してあるし、ねぇ真咲さん!!」
「あ、ご心配なく、それはどうにでもなりますので大丈夫です」
(真咲さんっっ!)
私の思いに反して真咲さんの軽い返事。
「じゃぁ決まりだねっ! 真咲さん、ホテルと社長に連絡お願いします!」
『カチャ……ウィィィィン、カチャン……』
そう言って車の扉を閉め、さっさと現場に戻っていった。千隼が去った後、私は真咲さんに食ってかかった。
「真咲さんっ! 酷い!」
私は、真咲さんに食って掛かった!すると……
「何が酷いのでしょうか? 嫌だったら、はっきりご自分で断ればいいだけの話ですよ」
と正論を返され黙り込む私……
(それは……そうだけど……)
「もう子どもではないのですから……」
そう言いながら真咲さんは、にやりと笑った。
【ここここ、心の準備がぁ……】
ホテルをチエックアウトして彼の仕事が終わるまでの時間、私は事務所の応接室で待つ事になった。コーヒーとおいしそうな高級ケーキが目の前に出されたけれど、私は今、それどころではない。
「千隼の家……千隼の部屋……千隼の……」
と譫言の様に独り言をブツブツ、ソワソワ……普段はしない貧乏ゆすりをガタガタ……もう不安しかない。
(どどどうしょう……!ちち千隼の部屋なんてっ!)
そしていよいよ運命の時間、応接室のドアが思いっきり『ガチャッ!』と開き千隼が飛び込んできた。
「お待たせ!きみちゃん! じゃぁ行こうか!」
満面の笑みの千隼。彼に荷物を取り上げられ、後姿を見ながら地下駐車場へ向かう。もう逃げられない! 地下駐車場では真咲さんが運転する車が待っていた。
「はい、どうぞ」
千隼が後部座席のドアを開ける。そして、車は千隼の家へ向けて事務所の駐車場を出発する。私の不安をよそに彼は、外を眺めながら完全に浮かれ調子で鼻歌なんか歌ってる!
私の体は、もうガッチガチのガチ!
(千隼の部屋……千隼の部屋……千隼と2人っきり……うぅぅぅ……)
移動中の車の中、ずっと心の中で繰り返していた。
車は、渋滞する煌びやかな都心の中を走る。そして人がドミノ倒しのように流れる交差点を通り過ぎ、華やかなアーケード街を突っ切って、下町風の商店街も通りすぎ、やがて閑静な住宅街に入って行った。
私が窓越しにキョロキョロしていると車は、一軒の家の前で止まった。ごく普通の二階建ての一軒家、どこか私の家に似ている。
「着いたよ! さあ降りよう!」
(えっ? ここ?)
車から降りると辺りは、都会とは思えない静けさ。小さな街灯が細い道を柔らかく照らし車が走る音さえ聞こえない。そして遠くから犬の鳴き声が聞こえてくる……それぐらい静かな住宅街だった。
千隼が車から荷物を下ろしてくれている。その横で私は、千隼の家を見上げていた。
私は、てっきり都心のタワーマンションみたいな所でおしゃれな広いワンルームに一人暮らし……と勝手に想像していた。
ひとりで大騒ぎしていた私。自分自身かなり恥ずかしかった。しかも、あんな事やこんな事を想像して顔を赤らめていた私を真咲さんは分かっていたらしく、にやにやしながら私を見ていた。
(もう! 実家暮らしって教えてくれてもいいのにっ! 真咲さんにまた意地悪された!)
そう思いながら真咲さんを睨んだら、更に大笑いしながら目をそらされた。
「どうしたの、きみちゃん?」
彼の声に……
「あああぁぁ……ううん、なんでもないなんでもない!」
と胡麻化した私……。
scene30へ……本っ当に真咲さんは意地悪なんだからっ!




