scene27 払拭された不信感
【私は一般人です!】
ドレスの着付けとヘアセットが終わった頃『コンコン』とドアをノックする音、返事をすると
「千隼です、そろそろ時間だよ」
ドアを開けるとタキシード姿の千隼が立っていた。
彼は別の場所で自分の用意を済ませると、わざわざ私の居るホテルまで迎えに来てくれた。ドアを開け、着飾った私を見て一瞬緊張した表情を見せたがすぐに顔が綻び……
「綺麗だ……とても綺麗だよ……きみちゃん……」
「あ、ありがとう」
私は、俯き加減で呟いた(多分顔は真っ赤っかだ…)
それから彼にエスコートされ、エレベーターで地下の駐車場に降り車に乗り込んだ、その間千隼は、ずっと私を見つめていた。そして会場へ向かう車の中でも、彼は微笑みながらこっちを見ていた。私は、その視線を感じつつも、恥ずかしくて背を向け、視線に気付かないふりをしながらずっと窓の外を見ていた。すると彼が膝にある私の手の上に自分の手を添えてきた。
私は、びっくりして千隼の方へ視線を向けた。そして真剣な眼差しで呟いた。
「きみちゃん、綺麗だよ」
それを聞いた私は本当に恥ずかしくて……
「そそ、それさっきも言ってくれた……けど」
「うん……でも何回でも言うよ……きみちゃん……綺麗だよ……」
私はもう恥ずかしさを通り過ぎて、頭のてっぺんにある火山が、噴火する寸前だった。
(早く会場に着いてくれぇぇぇ!)
【無理っ! ぜぇぇったい無理だからっ!】
ようやく会場に着くと沢山のカメラマンやリポータの人でごった返していた。『すごい! カメラマンの数!』 と言ったら『半分はサクラだよ』って教えてくれた(ふぅぅん、そんなものなんだ)
そして車は、大勢のカメラマンが並ぶ会場のホテル正面入り口に止まった。すると彼が私の手を握り、喜び勇んでドアノブに手を掛け言い放った。
「さぁ行こう! きみちゃん!」
「え? え? え? え?」
驚く私をよそに、沢山のカメラマンが車外に居るにも拘わらず、私の手を握ったままドアを開けようとした! 私は慌てて彼の手を引っ張り返し
「ち、ちょちょちょっと待って! 私もここで貴方と降りるの?! むむむむむむ無理ぃぃぃぃ!! 無理無理無理無理!!! 絶っっ対無理ぃぃぃぃ!!」
とひとり車内で大騒ぎ!
「なんで? いいじゃん……」
さらっと言いながら再び私の手を引いて本気でドアを開けようとする千隼! 私は彼の手を思いっきり引っ張り返し続けながら運転手の真咲さんに向けて大絶叫!
「まままま真咲さん! おおお願いっ! すすすすぐ移動してくださいぃぃ!」
そう叫び、誰もいない地下駐車場に移動してもらった。そして私だけそこで降りて会場に向かった。危なかった……冗談なのか本気なのか(確実に本気だ)一般人の私があんな所で降りれる程、私は肝が据わってない。
そしてようやく受付にたどり着き招待状を渡すと、彼と同じ事務所であろう女性の方(かなりの美人)が私の席に案内してくれた(なんかチラチラ見られてニヤニヤされた)私の席は2階の1番前の列でスクリーンが正面に見えるとてもいい席が用意されていた。
そこから1階の席が見渡せる事ができた。1階は、広いフロアーになっていて、白いクロスがかけられた丸いテーブルがいくつも並べられていた。映画関係者と出演者が座るのかな、と考えていると司会者が出てきて舞台挨拶が始まった。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。只今より映画『光る命』の完成披露試写会を開催いたします。それでは、出演者様の入場でございます、皆様盛大な拍手でお迎え下さい!」
司会者の案内の後、映画の出演者が左端から沢山連なり、手を振りながら出てきた。私は、アイドルや俳優さんに昔からあまり興味がない人だったので誰が誰だか分からなかったのですぐに彼を探した。
(千隼は……いた! 主役だから真ん中にいる。すごい笑顔で手を振ってるけど2階の私に気付くかなぁ……あっ気付いた!)
なんて思っていたらいきなり立ち止まり両手を高々と上げ、こっちに向かって大きく手を振ってきた。私は(やめてぇ!)と内心思いつつ、他人の振りをして平常心で手を叩き続けた。
そして出演者を代表して主人公役の彼が、会場の方々に向けてのお礼の言葉を述べてオープニングイベントが始まった。
まず初めに、出演者でご年配の男の人と女の人が映画の撮影についてのコメントや見どころを話していた。
そして主役の千隼が質問に答える順番が回ってきた。その質問は『この映画の中で一番印象に残るシーンは』だった。彼は、ちょっと考え込んだ表情を見せたがすぐに司会者を見ながら語り始めた。
「そうですね、この映画すべてが印象に残るシーンばかりなのですが……しいて言えば……大学の音楽室でのシーンですね。それは余命短い僕が、その事を知られる前に彼女と別れようとして、心にも無い酷い言葉を浴びせてしまうシーンです」
「何故そのシーンを?」
司会者のその問いに……
「僕は、このシーンのおかげで大切と思える人に出会う事が出来ました。本当に一生かけて守っていこうと思える人に……出会える事が出来たんです」
この言葉を聞いた私は鼻の奥がツンときて思わず涙ぐみ思った(私の事を言ってくれているの千隼…? 私を一生かけて守っていこうと……思ってくれているの?)
しかしさらっと聞き捨てならない台詞を言い放った彼に司会者は、マイクを向けたまま固まり、会場内は静けさに包まれた。すると……
「ゴホッゴホッウッウウン!」
どこからともなく発せられる大きな咳払いが会場に響き渡る。それを察してか彼が……
「ととと、みみ皆さんにも感じていただけるいいシーンだと思ったからです、はい!」
慌てて意味不明な言い訳をしてなんとかその場を取り繕った。司会者が苦笑いをしながらすぐに違う出演者に話を振っていたが、多分あの大きな咳払いは貴子社長だ。
映画『光る命』……配られたパンフレットのあらすじを読むと、余命宣告された大学生の青年が大切な彼女にその事を悟られず一人病気と闘っていくという内容だ。千隼がその余命宣告された青年を演じている。演技をしている千隼は、やっぱりかっこいいし普段の彼とは違い、まるで別人だった。
そして千隼がさっき最も印象に残るシーンと言っていた場面……暗がりの教室に青年の事を心配した彼女が入ってくる。青年は、彼女に嫌われようとする為にワザと酷い言葉を浴びせた。
「誰だ?!」
「なんだ、お前! 何で入ってきた! 何しに入ってきたんだっ!」
「なにやってんだよ……早く出ていけ……出て行け! 出ていけよ! お前の顔なんか見たくない! 俺の前から消え失せろ!」
(この台詞? あの時の……)
そう……この台詞は、私が大学の音楽教室に入った時……背中を向けたまま彼から浴びせられた言葉と全く同じだった……そしてシチュエーションも同じ。
(もしかしたら……)
私は、こう考えた。
(多分、彼はこのシーンを共演者と合わせるためにあの部屋に居た……だからずっと背中を向けていた。そこに私が入ってしまった、そして彼は、入ってくるはずだった共演者と私を間違えて……演技を続けた……)
これは、私の憶測かもしれないけど……もしそうだったとしたら……早くその事を言ってくれればよかったのに。そうすれば私なんかの為に……彼が悩まなくて済んだのに。そうすれば私が彼の事でこんなに悩まなくて済んだのに……酷いよ、千隼……。
でも心の奥底にしまっていた……ほんの僅かばかりの…彼に対する不信感がすべて消え失せ…胸の内がすっと軽くなったのも事実だった。
scene28へ……千隼、私……恥ずかしくて貴方の顔が見れない




