scene26 真咲さんの過去
【カリスママネージャー】
「真咲さん? お迎えですか? でも……6時って聞いてましたけど……」
そう聞くと
「髪型決まりましたか?」
真咲さんがにこやかに聞き返してきた。
「えぇっと……美容師さん? まだ来られてないですけど?」
「美容師さんは、わ・た・しです!」
真咲さんは、そう言いながら、まるで子どものように笑って自分を指さした。そして……
「さぁさぁ座って座って!」
聞き返す間もなく両肩を押され、座らせられた。そして手際よく首にタオルを巻かれ椅子に座らされ、大きめのバックからシザーバッグを取り出しそれを腰に巻き始めた。結局、髪型をどうするか自分では分からなかったので
「真咲さん、あのドレスに合わせてお任せでお願いします……」
私はクローゼットの横にかけてある、さっき選んだ水色のドレスを指さした。
「分かりました。では……」
そう言って腰に巻いたシザーバッグから櫛を取り出し、優しく髪をとか始めた。感激した私は
「真咲さん、何でもできるのですね、凄い!」
と言うと
「カ・リ・ス・マ・マネージャーですから!」
そう言いながら腰をかがめ、私に向かって鏡越しにウィンクをした。
(超かっこいい……) 頬を赤らめる私。
細身で長身、切れ長の目。その眼差しは時に鋭く、時にすごく優しくなる、それにとってもいい匂い。明らかに他の人とは違う……そう、この感じは貴子社長だ……貴子社長と、どこか似た雰囲気を醸し出している。(不思議な人だなぁ)と思いつつ鏡越しに見つめていると……
「ん? どうかしましたか?」
「真咲さん、そのぉ……不思議な方だなぁと思って。かっこいいし、美人だし。真咲さんは、役者さん……ではないのですか?」
「ふふっ……お褒めにあずかり光栄です、違いますよ、私は役者ではありません。しかし正確に言うと『役者だった』ですかね」
やっぱり役者だったんだ! そしてその出で立ちから推測して私は予想する答えを投げかけた。
「そのぉ……真咲さん間違ってたらごめんなさい、役者ってひょっとして『宝塚』……ですか?」
すると一瞬驚いた表情を見せ、声を荒げ、笑いながら答えた。
「わぁぉ! ハハハッ正解ぃぃ! よく分かりましたね! 何で分かったのですか?」
(そりゃ分かるでしょ! その出で立ちとそのオーラ、やっぱり宝塚の人だったんだ!)
「でも宝塚って入るの難しいのでしょう? 昔テレビで見たことあります、『狭き門に沢山の受験生』って!」
「そうですね、でも子どもの頃、母に連れられて初めて宝塚の舞台を見た時からずっと憧れていました『私もいつかこの舞台に立ちたい! 沢山の人の前で歌ったり踊ったりしてみたい』ってね。その為の努力は、全然苦にならなかった。だから合格した時は、本当に嬉しかった『自分の夢の出発点に立てたんだこれでやっと両親に恩返しができる』そう思いました」
「真咲さんすごい! 自分の夢を叶えたなんて! しかも宝塚に入るって並大抵の努力では入れないって聞いています! さぞご両親も喜ばれたでしょっ⁉」
「そりゃもう、大喜びですよ! 私は一人娘だったけど宝塚音楽学校に入るためのバレエや歌のレッスン、その習い事にも相当お金が掛かる。だけど両親は、私の夢が叶うのなら安いものだと言ってくれてました。学校生活の二年間もしっかり通わせてくれて、だから早く沢山の舞台に立てるようになって恩返しがしたい! 実家は、仙台市でちょっと遠かったけど私の初舞台は絶対見にくるって言ってくれて。その日が来るのをとても楽しみにしていました」
「それで初舞台はいつだったのですか? ご両親は? 勿論見に来てくれたのでしょ!」
私が興奮して聞き返すと、髪を整えていた指が一瞬止まった。その時、鏡越しに見た真咲さんの表情がちょっと悲しげになったように感じた。
そして一度俯き、顔を上げると再び私の前髪を整えながら語り始めた。
「初舞台は卒業して半年後……もちろん主役なんかじゃない、本当に一瞬だけのちょい役だった。それでも私の初舞台をとても楽しみにしていた両親。もちろん見に来てくれる……はずだった……だけど……劇場に向かっている途中で……居眠り運転のトラックが正面からぶつかってきて……二人とも………」
真咲さんは、腰のハサミを取り替えながら……続けた
「今まで……ずっと私を支えてくれていた両親をいっぺんに無くしてしまった私は、恥ずかしながら、ちょっと病んでしまってね……舞台に立つ度に両親の事を思い出し、涙と震えが止まらなくなって。
そして、何も成し遂げられないまま退団。その後の私は、荒んでいてもう人として完全に腐っていた、腐りきっていた。そこを元宝ジェンヌ、私の大先輩の社長に『真咲このままじゃ駄目、天国のご両親が泣いている。私の許に来なさい!』と言われて……拾ってもらったんです。
本当は社長に、もう一度舞台をやってみないかって、言われていたのですけど『社長の秘書をやらせてください』と自分から申し出たのです。今の自分では、舞台に立ってもうまく演じることが絶対できないって分かっていたから。だから裏方としてやっていきたいと言ったのです。美容師の勉強も自分からやってみたいと学校に行かせて頂きました」
私は自分を責めた。
(聞いてはいけない…辛い事を……軽々しく聞いてしまった……)
と。
自分の軽率な言動を恥ずかしく思い、俯いていると、いきなり私が座っている椅子を『くるっ!』と回し、しゅっと背筋を伸ばし顎を上げ、すたすたすたっと部屋の中央へ歩んで行った。
そして櫛をシザーバッグにサッとかっこよく差し込み、両手を広げ、部屋の隅々まで一杯に使い、くるくるとバレリーナのように舞い踊り始めた。そして……
「でも俺は今っ! また舞台で演じてみたいと! 思っているんだぁ! 辛い事も沢山あったけどそれはもう過去の事! やっぱり俺は! 沢山のお客様の前で演じる事が大好きだからぁ! 早く舞台に立って、そして天国にいる父と母に伝えたい! 俺はぁ! 俺はぁもう大丈夫だって、もう大丈夫だから心配するなって、伝えたいんだぁ!」
私の目の前を、まるで大舞台に立ち沢山の観客の前で演じるように大きく手を広げ、大きく大胆に舞い、歌いながら踊る。その声は、アルト域でとても透き通って心に響く声だった。
そして最後に、再び私の目の前に歩み寄り、片手を私の肩に添え、俯きながら握り締めた拳を胸に当て、静かに歌った。
「そして……俺を……こんな俺に勇気をくれた皆と……こんな俺に……手を差し伸べてくれた社長に、恩返しがしたい。こんな俺を……救ってくれた、白石川貴子に……なんてねっ!」
すごく楽しそうに独唱し、踊りきった真咲さん。その姿に私は感動して涙を流しながら拍手を送った! 最後は、照れ隠しのようにほほ笑んでいたけど、少し……声が震えていた。
真咲さん、私と同じような……いや違う全然違う! 私よりもっともっと、もっと! もっと! 何倍も何十倍も辛い思いをしているのに……私なんか……私なんかと全然違う。
真咲さん……凄い人、かっこいい人だな、尊敬する。
scene27へ……真咲さん……超かっこいい




