scene22 私は普通の女の子
牛深市からの帰路、私も千隼も少々疲れたのか余り会話が進まなかった。でも助手席から時々見る彼の横顔は終始にこやかだった。優しい運転…スピーカーから流れる心地いい音楽……私はいけないと思いつつも眠ってしまった。
そして何の位の時間が過ぎただろう
「……ちゃん……みちゃん……きみちゃん……きみちゃん」
遠くから私を呼ぶ声
(誰か……私を呼んでる……お母さん?……違う……男の人?……おとこっ?!)
いつの間にかシートを倒され私は爆睡してしまっいた!
「ご、ご免なさいっ! 私寝ちゃってた!? ここ?」
「ハハハハ!気にしないで! 起こしてごめんね、ほら! 橋から下に見えた綺麗な建物、きみちゃん行ってみたいって言ってた所、着いたよ!」
そこは、リゾラテラス天草、お土産屋さんやレストランが併設されていて、駐車場を海沿いに奥に進んだ処には『海中水族館 シードーナツ』があった。
もっとゆっくりしたかったけど、飛行機の時間もあったのでとりあえず駐車場の正面にある施設の中に入ってみる事にした。中に入るとパンを焼くいい匂いが漂っていて、店内には、天草のお土産が沢山あって千隼は、目を輝かせて見入っていた。
そして一通りお店の中を見て回った後、隣のフードコートへ移動する途中にあった化粧室へ入った。
化粧室から出て階段を上がるとそこにはおしゃれなカフェがあった。千隼は、カウンターの横のショーケースを覗いていた。
「きみちゃん、ほらアイス! 食べよう! 僕は塩キャラメルがいいな、きみちゃんは?」
「じゃぁ……私も同じのを……」
「わかった、お姉さん、塩キャラメルを2つお願いします!」
「きみちゃん! ここ空いてるみたいだよ、座って食べようよ!」
座ったベンチの眼前には海が広がり頬にあたる風が少々冷たく感じた。
そこでの出来事だった。アイスを食べている時、女性のお客さんが千隼を見てびっくりした表情をしたのに私は気付いた。
(そうだった……千隼は、テレビにいっぱい映ってる人だった……知ってる人やファンの人は、びっくりするよね……)
千隼の横を通り過ぎる度に皆が振り返って見てる、なのに彼は、人目を全く気にもせず、私にわらって話し掛ける。
「あのぉ……そ、そんなにゆっくりしていいの? そのぉ……飛行機の時間とか……」
「あっ、1便遅いのに変更したから大丈夫!」
(いつの間に? でも……さっきから、ちょっとすっごい視線を感じているんですけど……)
座っている私達……いや、私を通り抜る周りの人達からの視線が痛い。千隼は、こんなの慣れてるのか知らないけど一般人の私には到底耐えられない!
「どうしたの? きみちゃん、美味しいねっ、この塩キャラメル!」
美味しいはずのアイスの味が全くしない。それと同時にいっぱい人が居るのに何故かヒソヒソ話が私の耳にはっきりと聞こえてくる。
「あれ…加藤千隼だよね……えぇ……今朝テレビで休みが無いって言ってたよ……本物?……そっくりさんじゃないの?……こんな所にいるわけないじゃん……」
色んな声が方々から聞こえてくる。そんな中、聞こえてきた声が……ちょっと……ショックだった……。
「一緒にいる子誰?……彼女?……マネージャー……でも坂東明華と結婚間近ってよ……千隼があんな地味な子……連れ歩くわけないじゃん……じゃあやっぱりそっくりさんだ……フフ……そうね……地味よねぇあの子」
(そうよね……誰がどう見ても……こんな私じゃ……彼と釣り合う訳……ないもんね……)
私が俯いていると『ガタンッ!』と彼が席を立ち上がって徐ろに私の手を握り……
「行こう! きみちゃん!」
そう言いながら急ぎ足でお店を出て車に乗り込み、再び帰路に着いた。
そこから一言も喋らなかった彼……
(やっぱり、私といるとこうなってしまうのかな。私……テレビの中の千隼を見た事ない……だから彼がこんなに皆に知られた人って、全く分からなかった。でも、これが私が知らない現実だったんだ)
そんな事を思っていると、なんだかとても悲しくなってきた。
二人殆ど言葉を交わさないまま、私は家の直ぐ側にある公園の駐車場まで送ってもらった。車を止めると彼が降りてきて助手席のドアを開けてくれた。
私が車から降りると、目の前に立った千隼がゆっくりと話し始めた。
「きみちゃん、今日はありがとう。とても楽しかった。それと……あのね……僕……明日から映画の宣伝で全国のテレビ局を回らなければいけなくなったんだ……だから凄く忙しくなる……電話も…かけられない……と思う。だから、その前に言っておきたいんだ」
私は、その後に続く台詞は『これで終わり…』という言葉を予感した。ところが………
「あのね、僕、僕は、きみちゃんが……貴方が好きです! 確かに僕は貴方と出会った時、酷い事を言って、悲しい思いをさせて………嫌われしまった……。でも! 今、少し、ほんの少しでも僕の事嫌いじゃなくなったって、そんなに思ってくれたのなら、僕とお付き合いする事を……返事はすぐじゃなくていいから考えてくれませんか?」
私は、『これで終わり』と言う答えを期待していた?……いや違う! 言わないで! と思っていたかも。だからこの言葉を聞いて、とても嬉しく感じる私がいた。でも……それ以上に『私は千隼に相応しくない』という気持が大きくなっていた。
でもずるい私は……
「うん、分かった! ありがとう千隼さん。考えてみるねっ!」
笑いながら……そう返事をした。
「よかったぁ、ありがとうきみちゃん! じゃあ僕、帰ります!」
ちょっと、はにかみながら手を降って車に乗り込んだ千隼。私は、走り去る彼が乗った車が見えなくなるまで手を降り続けた。
私の事が好きと言ってくれた彼。『考えてみるね』そう言ったけど……私の中での答えはもう……決まっている。
scene23へ……誰か尋ねてきた?




