表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/36

scene21 海辺にて

幕内を出発して約3時間余り、ようやく目的地の茂串海岸に着いた。海水浴の季節も終わり、平日という事もあり海岸にいる人は少なかった。


 「おおおぉぉ……凄い……綺麗だぁ。思っていた通りとても綺麗だよ…きみちゃん!」


そう言いながら靴と靴下を脱ぎ、波打ち際に入っていった。


「冷たぁぁい!! やっぱりこの位になるとちょっと冷たいよ!! ほらきみちゃんもおいでよ!」


その誘いに、私も靴と靴下を脱ぎジーンズを捲り上げ、千隼の元へ行った。踝まで入ると千隼が言った通り打ち寄せる波はかなり冷たかった。


「きゃぁぁ、冷たぁぁい!」


そう言いながら片足を上げてはしゃぐ私。すると一度引いた波が今度は、かなり大きくなって打ち戻って来た。


『ザッパァァァァァァァァァンッ!』


その波に片足を取られた私はあっという間にバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。


「あっ!」


そう小さく声を出した瞬間


『トンッ……』


後ろに居た千隼がひっくり返りそうになった私を抱き抱えるように優しく受け止めてくれた。しかしその態勢は、ちょうど顔と顔が同じ位置になり見つめ合う形になった。


(ななななな、なにっ?ここここ、このドラマの様なシチュエーションはぁ! えっ? 千隼……私を見つめてるるるるっ! まままま、まさか! だめっだめよっ! 私まだあなたの事良く知らないしっ! だめぇぇぇぇ!)


「大丈夫? きみちゃん! 危なかったねっ!」


そう言いながら体を起こされた。私は顔が真っ赤になったのが分かるくらい恥ずかしかった。ほっとしたような……しないような……複雑な心境になった。


時間もお昼過ぎになり、飛行機の時間の兼ね合いもあって、そろそろ帰路に着こうかと話していた所『お魚を食べて帰りたい』と彼が言い始めたので、ナビで調べると茂串海岸からそう遠くない所に『道の駅 うしぶか海彩館』という施設があり、そこで海の幸が食べれるという事が分かったので其処に向かう事になった。


うしぶか海彩館。そこは、鹿児島に向かうフェリー乗り場を併設していて、停泊する大きな船を間近に見る事が出来た。そして海沿いのデッキに出るとそこからは深く青い海が目の前に広がっていて、下を覗くと大きなイカや鮮やかなブルーの熱帯魚が沢山泳いでいた。


そして何よりびっくりしたのは、施設の真ん中にある大きなドーナツ状の水槽に泳ぐ何百匹もの魚(鯛)の群れ!規則正しく反時計回りに回っている!


「見て見てきみちゃん、凄いよ! まるで水族館のようだっ! ん? なんか書いてある…『指を入れないでください、噛みつかれます』だって! 見ているだけで目が回りそうだよっ!」


そして資料館など一通り見て回った後、二階にある食堂『大漁食堂あおさ』に入ろうとした。でも……


「どうしたの? 入ろうよ、きみちゃん」


「あの……そのぉ……私……お……」


私は『お財布……持ってきていない』と言いたかった。


でも彼は、話しの途中で『ガツッ』と私の手を握り店内に入り、従業員のおばちゃんに声を掛けた。


「すいません! えぇぇぇとぉ………2人ですけどあの窓際の席、いいですか?」


「いらっしゃいませ! はぁい、いいですよ、どうぞっ!」


「よし! 眺めがいい席、ゲットだぜっ!」


彼がそのお店で一番見晴らしがいいと思われる席を見つけてくれて其処に座った。平日のせいかお客も疎らだった。


そしておばちゃんが持ってきてくれたメニューを見ながら燥ぐ千隼。


「わぁぁぁどれも美味しそうだなぁ……そうだなぁほらこれ海鮮丼! 海鮮天丼も旨そう! でもやっぱり刺身かなぁ刺身だけ頼んだらおじさん見たいかなぁ……きみちゃんどれがいい?」


 私が申し訳なさそうに俯いていると……


「よしっ! 決めた! すいませぇぇん!注文いいですかぁ!!」


千隼は、人目をはばからず手を上げて大きな声を出し、店員さんを呼んだ。


「じぁあ、『熊本牛深御膳』を二つお願いします! これでいいよね、きみちゃん!」


注文が済み店員さんがメニューを下げると……


「ごめんなさい……」


私は思わず謝った。すると彼は、お茶を一啜りした後、湯吞をそっと置き私の顔をじっと見つめながら言った。


「きみちゃん……気を遣わせてしまってごめんなさい……でも今日のデートは、僕が無理にきみちゃんを誘ったんだ……きみちゃんは……何も心配しなくていいんだ。そんな悲しい顔をしないで、あと少しの時間、僕と一緒に楽しんで欲しいんだ、きみちゃん……」


彼のその言葉に、鼻の奥がツン……となった。


「うん、ありがとう……千隼さん」


「だめだめ! さんはいらない、千隼でいいよっ!」


その言葉があった後、肩がすっと軽くなり『熊本牛深御膳』を美味しく頂く事が出来た。


そして帰る間際、下のお土産屋さんを見ていると、再びご年配の方から千隼が声を掛けられていた。


「あんたどっかで見たこつあるばってん……だっだろか?」


「きみちゃん……ちょっと通訳いいかなぁ……」


さっき会った老夫婦と同じパターンで笑えた。


「貴方をどこかで見た事があるけどあなたは誰ですか、と聞いてます!」


「ああっ! ちょっとだけテレビに出た事があります! 加藤千隼と言う者です!」


そう言うとご年配の方は……


「はぁぁぁ……かとう……ちはや……しらん、しらんねぇテレビに出とっとね? がんばんなっせねぇ!」


「?????」


「貴方を知らない、テレビに出てるのですね、頑張ってください、と言ってます!」


その返答を聞いた彼は、肩を落とし、車に乗り込みながら言った。


「はぁぁぁぁ……さっきの老夫婦といい………僕も、もっともっと頑張って顔を覚えてもらわないとなぁ……はぁぁぁ……」


私もくすくす笑いながら助手席に乗り込んだ。



scene22へ…… お別れの時が近づく





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ