表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/36

scene20 優しい彼

お店を出発して程なく、国道57号線に入った。


「宇土市……かぁ……」


宇土市に入るとやがてひたすら真っすぐ伸びた道を走り、やがてその道が線路と並走するようになる。すると『ガタンゴトン、ガタンゴトン』と一両だけの汽車が私達の車を追い越していく。


「ほら見て! 汽車だよ! 真横を並走するなんてまるで江の島みたいだね! ドラマの撮影で乗った事があるけど海の横を走るとこなんて同じだよ!」


子どものようにはしゃぐ千隼。車内での会話は、俳優仲間の事やドラマの撮影の事、そして俳優になったきっかけの話までしてくれた。私は、白石川貴子さんからスカウトされた事を知ってはいたが『お店に来たことは内緒』という約束があったので知らない振りをして聞いていた。 


そして暫く走ると右手が急に開け、海が広がった。


「海だよ!ほらほら海! あの沖に刺さってる爪楊枝みたいなの、なんだろ?」


「あれ、海苔の養殖場です。有明海では海苔が沢山採れるんですよ」


「有明海っていうんだ」


「海の向こうは長崎県で、あの高い山は普賢岳、何年か前に噴火して大変だったってお父さんから聞いた事があります」


「へぇぇ……きみちゃん詳しいんだね!」


「そりゃ地元ですから!」


自慢気に言ったけど全部人から聞いた話。


三角町に入ると天草島へ渡る橋、天草五橋を渡る。この橋は、宇土半島と天草上島を繋ぐ橋でその名の通り1号橋の天門橋から始まり、5号橋の松島橋まで島々を繋いでいる。


「ねぇきみちゃん、ナビに『松島展望台』って出てる、ここに行ってみない?」


其処は最後の5号橋を渡ってすぐ右に登った山の上にあった。車を駐車場に停めて彼が先に降りて助手席のドアを開けてくれた。私は『ありがとう』と言いながら降りようとした時に『はっ!』と気づきそのまま固まった!


(私……スッピンだった……しかも髪もボサボサ……服だってその辺にあったのを着てきちゃった……コンタクトもしてない……ダサい黒縁メガネ……しかも……しかもしかも! ザ・手ぶら! 財布も何も持ってきてないぃぃ!)


千隼は今日のために、綺麗めのジャケットに黒いデニムのパンツを合わせてとてもお洒落にしてるのに……。


私が恥ずかしく思って、下を向いたまま俯いていると……千隼は心配そうに声をかけてくれた。


「どうしたの……きみちゃん?」


「あの……その……あのね……そのぉ……」


言葉が出なくて吶る私……すると彼は……


「ちょっと待ってて!」


そう言って車のドアを閉めて売店へ走って行った。


暫くすると売店から大きな袋を持った千尋が走って帰ってきた。千隼は運転席に乗り込むと、袋の中から買ってきた物を次々取り出し、私に見せてくれた。


「ほら! くまモンの帽子とハンドタオル! 可愛いでしょ!? それとこれはくまモンの髪留めゴム! 種類が一杯あったから僕の趣味で幾つか選んできた! 櫛もあるよ! じゃぁ僕、あそこのベンチで待ってるからね!」


そう言って車を出て展望台入口にあるベンチへ歩いて行った。私は袋の中からくまモンの櫛を取り髪をとかし、帽子と何方にしようか迷ったけど、くまモンの大きな顔が二つずつ付いた髪留めゴムを選び、髪を後ろで一つ結びにした。そして……袋の中には、リップクリームも入っていたのでそれを唇に薄く塗った。ルームミラーで出来上がりを確認して車を出ると、彼が待つベンチへ向かった。


私の姿に気づいた千隼はベンチから立ち上がり笑顔で私を迎えた。私は彼に申し訳なく思い取り敢えず謝った。


「ご、ご免なさい…貴方に気を使わせてしまって……」


「えっ? 全ぇぇん然! 気なんて使ってないよ! じゃぁ行こうか、階段気を付けてね!」


階段を私に合わせてゆっくり登ってくれる千隼。すれ違う人達が千隼を見てヒソヒソと何か言ってる……そんなの気にも止めない千隼。


『やっぱり目立つよね…背が高くてイケメンだし…』


そして展望台に着いた。


「うっわぁぁぁ!すっごい眺め!見てみて綺麗だよ、きみちゃん!」


青い空にエメラルドグリーンの海、今日は空気が澄んでいて遥か遠くまで見渡せる。暫く2人、無口になって景色を眺めていると、隣にいた老夫婦が話しかけてきた。


「あらあんた良か男たい!! わぁ、背も高っかげなぁ……スポーツかなんかしよっとね?」


「そぎゃん高っかならバスケットばしょんなさっとだろ? 飛んじかっゴールにぶら下がってかったい!」


「なぁぁん、ぎゃん高っかなら飛ばんちゃゴールに届くもんなぁ?」


老夫婦の熊本弁丸出しの会話にたじたじの彼が私に助けを求めて耳打ちをした。


「きみちゃんこのお二人、僕に何を言ってるの?」


「貴方をバスケットボールの選手と間違えているみたいです」


それを聞いた彼は笑顔で優しく答えを返した。


「ああっ! 僕はバスケットボールの選手ではありません! 俳優やってます!」


 そう答えると……


「はぁぁぁ?! 俳優さんね? テレビに出とっとね?! はぁぁぁ…私しゃあたば見たこつなかばってんなぁ……頑張んなっせね!」


おばあちゃんは、そう言いながら右手で千隼の手を握り左手で『パシッパシッ』っと背中を叩いた。


「???」


「俳優さんですか? テレビに出てるのですか? 私は、貴方を見た事はないけど頑張ってね……と言ってます」


「あ……あ……有難うございます……頑張りますぅ」


その言葉にショックを受け、引きつった顔のまま握手をする千隼。その姿に私は笑いをこらえるのが精一杯だった。


 


scene21へ……千隼……優しくていい人……かも


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ